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無能。無駄な会議が多すぎる。とにかくミーティングしたがる人にイライラする。

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僕は、無駄な会議が嫌いだ。

いや、正確に言おう。

無駄な会議を開きたがる人が嫌いだ。

会議そのものを否定しているわけではない。

何かを決めるために話し合う。

問題を解決するために意見を出し合う。

一人では判断できないことを、複数人で考える。

それなら分かる。

必要な会議なのだから、参加する。

しかし、世の中には不思議な会議が存在する。

何も決めない会議。

すでに決まっていることを確認する会議。

誰も意見を持っていないのに、意見を求められる会議。

そして、会議を開くこと自体が目的になっているような会議。

いったい、何のために集まっているのだろう。

僕は以前から、この疑問を抱いていた。

そして、前職には、その疑問をさらに深めてくれる人物がいた。

部署のトップである。

この人、とにかく会議が好きだった。

何かあればミーティング。

何もなくてもミーティング。

とりあえず集まる。

まずは話し合う。

そんな印象だった。

僕は何度も思った。

「いや、それ、集まる必要ある?」

今回は、そんな無駄な会議について考えてみたい。

なぜ人は会議を開きたがるのか。

なぜ誰も必要性を疑わないのか。

そして、どうすれば無駄な会議を減らせるのか。

僕なりに考えてみた。

目次

1.部署のトップだけが異常に元気な会議

前職には、ミーティングを頻繁に開く部署のトップがいた。

会議室に集められる社員たち。

席に座る。

資料を見る。

開始を待つ。

その光景は、一見すると普通の会社の会議だ。

しかし、よく見てほしい。

全員、顔が死んでいる。

いや、全員ではない。

一人だけ元気な人間がいる。

部署のトップだ。

「それでは、始めましょう!」

元気だ。

実に元気である。

朝から何かいいことでもあったのだろうか。

宝くじでも当たったのかもしれない。

対する社員たちはどうだろう。

無表情。

沈黙。

遠くを見つめる目。

身体は会議室にある。

しかし、心はどこか別の場所にいる。

全員、魂が抜けているのだ。

いっそのこと、抜けた魂たちで会議をした方がいいのではないだろうか。

天井付近に集まる社員たちの魂。

「今日、何時に終わるんやろ」

「晩ご飯どうしようかな」

「早く帰りたいな」

「そもそも、この会議いる?」

地上では部署のトップが熱弁している。

天井では魂たちが本音を語り合っている。

むしろ、天井の方が活発な意見交換をしている。

そんな光景を想像してしまうほど、会議室には温度差があった。

ところが、一人だけ例外がいた。

部署のトップではない。

もう一人、妙に熱心な社員がいたのだ。

その人は、必死にメモを取っていた。

カリカリカリカリ。

部署のトップが話す。

カリカリカリカリ。

また話す。

カリカリカリカリ。

すごい。

何を書いているのだろう。

そんなに重要なことが話されているのだろうか。

僕には分からなかった。

しかし、彼のノートには、きっと何かが刻まれている。

部署の未来かもしれない。

会社の歴史かもしれない。

もしかすると、ただの連絡事項かもしれない。

とにかく、二人だけは楽しそうだった。

そこで僕は、一つの結論に達した。

もう、いっそ二人でやってくれ。

部署のトップは話したい。

メモ男は書きたい。

需要と供給が完全に一致している。

何の問題もない。

二人で好きなだけ会議をしてほしい。

一時間でも二時間でも構わない。

必要なら専用の会議室を用意してあげたい。

部署名も作ろう。

会議部。

業務内容は会議。

目標は会議。

年間計画も会議で決める。

ただし、僕たちを巻き込まないでくれ。

2.すでに決まっていることを、なぜ話し合うのか

僕が特に理解できなかったのは、話し合う必要のない内容で集められることだった。

例えば、すでに決定している業務上の変更。

今後はこうします。

この方法で進めます。

この日から実施します。

分かった。

それでいい。

必要な情報を共有してくれれば、僕たちは仕事を進められる。

しかし、なぜか会議になる。

全員を集める。

説明する。

そして、こう言う。

「何か意見はありませんか?」

……。

いや、もう決まっているんでしょう?

今から変更できるのだろうか。

それとも、何か言ったところで「今回はこの方針で」となるのだろうか。

もちろん、決定後に現場の懸念を確認することには意味がある。

実施するうえで問題がないか、確認したい場合もあるだろう。

しかし、実際には変更する余地がなく、単なる説明で終わるなら、最初からそう言ってほしい。

意見が欲しいなら、決める前に聞いてくれ。

しかも、誰も発言しないと、さらに質問される。

「本当に何もありませんか?」

ない。

「どんなことでもいいですよ」

ない。

「せっかく集まっているので」

だから、集まる必要がなかったのではないか。

僕は心の中で何度もそう思った。

しかし、もちろん口には出さない。

ここで余計なことを言えば、会議が長くなる可能性がある。

僕の目的は議論に勝つことではない。

一刻も早く会議室から出ることだ。

3.参加していない会議にまでイライラする

さらに困ったことがある。

僕は、自分が参加していない会議にまでイライラすることがあった。

会議室に人が集まっている。

何やら話し合っている。

それを見ただけで、少し腹が立つ。

我ながら、なかなか重症だと思う。

もちろん、その会議が本当に必要なのかどうかは、外から見ているだけでは分からない。

重要な案件を話し合っているのかもしれない。

現場では判断できない問題を解決しているのかもしれない。

それは理解している。

しかし、以前から何度も必要性を感じられない会議を見てきたせいだろうか。

会議室に人が集まっているだけで、またかと思ってしまう。

こっちは仕事をしているのだ。

やるべきことがある。

終わらせなければならない作業がある。

その一方で、会議室では長時間の話し合い。

そして、会議が終われば、何事もなかったように仕事が再開する。

会議に出席していた人たちの仕事が消えるわけではない。

場合によっては、残った人間に業務の負担がかかることもある。

もちろん、必要な会議なら仕方がない。

問題は、必要性の乏しい会議まで当たり前のように開かれることだ。

僕は思う。

会議を開くことにも、ほかの人間の時間を使っているという意識が必要なのではないだろうか。

4.会議は一時間でも、失われる時間は一時間ではない

例えば、十人が一時間の会議に参加したとする。

会議を開いた人にとっては、一時間だ。

しかし、参加者全員の時間を合計すると十時間になる。

週に三回開催すれば、三十時間。

四週間続けば、百二十時間。

一か月で百二十時間である。

もちろん、会議が必要なら、それだけの時間を使う価値がある。

十人で集まった結果、大きな問題が解決することもあるだろう。

しかし、メール一通で済む内容だったらどうだろう。

連絡事項を読み上げるだけだったら。

すでに決まったことを繰り返し説明するだけだったら。

百二十時間を使う必要があったのだろうか。

しかも、会議には前後の時間もある。

作業を中断する。

会議室へ移動する。

資料を準備する。

会議が終わる。

席に戻る。

何をしていたのか思い出す。

「あれ、どこまでやったっけ?」

ようやく仕事を再開する。

つまり、会議そのものの時間だけが失われるわけではない。

集中していた流れまで止められてしまう。

会議を開く人の一時間と、参加者全員の一時間は、同じ重さではない。

この感覚は、もっと共有されてもいいと思う。

5.なぜ、あの人はあんなに会議が好きだったのか

ここで僕は考えた。

なぜ、あの部署のトップは、あんなに会議が好きだったのだろう。

もちろん、本人に理由を聞いたわけではない。

これから挙げるのは、あくまで僕の勝手な仮説だ。

ただ、考え始めると、いろいろな可能性が浮かんできた。

① 人前で話すことが好きだから説

まず、単純に話すことが好きなのではないか。

会議を開けば、全員が自分の話を聞いてくれる。

途中で帰る人もいない。

自分が話し始めると、周囲は静かになる。

これは、人前で話すことが好きな人にとって、非常に魅力的な環境かもしれない。

考えてみれば、なかなか贅沢だ。

十人もの人間が、自分の話を聞くために集まっている。

しかも、勤務時間中なので、基本的には席を立たない。

観客が帰らない、夢の単独公演である。

ただし、観客の目は死んでいる。

一人だけ熱心にメモを取っている。

彼は最前列の熱狂的なファンなのだろうか。

② 仕事をしている気分になれるから説

会議をしていると、仕事をしている感じがする。

資料がある。

議題がある。

発言がある。

議事録がある。

何となく、会社らしい。

「本日は有意義な話し合いができました」

そう言えば、充実した一日だったように感じるかもしれない。

しかし、僕は思う。

会議をしたことと、仕事が進んだことは別ではないだろうか。

一時間話し合って、何も変わらない。

それなら、会議をしなかった一時間と何が違うのだろう。

むしろ、会議をしなければ、その時間に別の仕事ができたかもしれない。

③ 自分の意見を聞いてほしいから説

「皆さんの意見を聞きたいと思います」

そう言って始まった会議なのに、気づけば部署のトップがずっと話している。

そんなことはないだろうか。

意見を求める。

誰かが発言する。

それに対して自分の考えを話す。

また誰かが発言する。

再び自分の考えを話す。

最終的には、最初から自分が考えていた結論になる。

だったら、最初からその結論を伝えればよかったのではないか。

もしかすると、他人の意見を聞きたいというより、自分の考えを聞いてほしいのかもしれない。

④ 全員を集めることに満足している説

部署のトップには、人を集める権限がある。

「明日、ミーティングをします」

その一言で、何人もの予定が動く。

これは、考えてみれば大きな権限だ。

自分の呼びかけで人が集まる。

全員が同じ場所に座る。

自分の話に耳を傾ける。

その光景に、組織を動かしている実感を覚える人もいるのかもしれない。

しかし、実際に動いているのは何だろう。

仕事だろうか。

組織だろうか。

いや、社員の魂である。

しかも、移動先は天井だ。

⑤ 責任を分散させたいから説

会議で決定したことにすれば、個人の判断ではなく、部署全体の判断に見える。

「みんなで話し合って決めました」

確かに、そういう形にはなる。

しかし、本当に話し合ったのだろうか。

すでに結論が決まっていて、誰も反対意見を言えない。

そんな状態でも、全員が同じ会議室にいたというだけで、合意したことになるのだろうか。

もしそうなら、少し怖い。

同じ部屋にいたことと、同意したことは違う。

⑥ コミュニケーションだと思っている説

部署内のコミュニケーションを大切にする。

それ自体は素晴らしいことだ。

しかし、会議を開けばコミュニケーションが取れるというわけではない。

一人が話し続け、ほかの全員が黙っている。

それは本当にコミュニケーションなのだろうか。

部署のトップは楽しそうだ。

しかし、社員たちは無表情。

むしろ、会議のたびに距離が広がっている可能性すらある。

コミュニケーションを増やすための会議で、コミュニケーションを取りたくなくなる。

なかなか皮肉な話である。

⑦ さらに上の人間へのアピール説

部署のトップにも、さらに上の立場の人間がいる。

そこで考えられるのが、上司や経営陣へのアピールだ。

「定期的にミーティングを実施しています」

「部署内で積極的に意見交換を行っています」

「情報共有を徹底しています」

こう報告すれば、何だか立派に聞こえる。

しかし、実際の会議室ではどうだろう。

部署のトップだけが元気。

社員たちは魂が抜けている。

メモ男だけが必死に書いている。

これでも「活発な意見交換」と報告されていたら、僕は少し悲しい。

もちろん、本当にそんな意図があったのかは分からない。

ただ、もし上へのアピールのために会議を増やしているのなら、言いたいことがある。

上にアピールするために、下の時間を使わないでほしい。

⑧ 承認欲求を満たしたい説

人は誰でも、自分の存在を認められたいと思うことがある。

自分の意見を聞いてほしい。

必要とされたい。

頼られたい。

部署のトップという立場なら、なおさらなのかもしれない。

会議を開けば、全員が集まる。

自分が話せば、周囲は静かになる。

うなずいてくれる人もいる。

必死にメモを取る人までいる。

なんという素晴らしい世界なのだろう。

自分の言葉には価値がある。

自分は組織に必要な存在だ。

そう感じられるのかもしれない。

ここで一つの疑問が浮かぶ。

この人は会議が好きなのだろうか。それとも、会議をしている自分が好きなのだろうか。

もし後者なら、会議の内容を改善するだけでは解決しないかもしれない。

本人にとって、会議そのものが満足感を得る場所になっている可能性があるからだ。

⑨ 単純に暇だから説

いろいろ考えてきた。

話すことが好き。

仕事をしている気分になれる。

上へのアピール。

承認欲求。

しかし、最後に、もっと単純な可能性が浮かんだ。

もしかして、暇なのか?

もちろん、部署のトップにも仕事はある。

管理職には、現場から見えない業務も多いだろう。

それは分かっている。

しかし、あまりにも頻繁に会議を開かれると、どうしても疑問が湧いてくる。

そんなに時間があるのだろうか。

そして、さらに恐ろしい可能性に気づいた。

自分が暇だから、ほかの人間も暇だと思っているのではないか。

いや、待ってくれ。

こっちは仕事をしている。

あなたの予定が空いているからといって、僕たちの予定まで空いているわけではない。

もし十人を集めて一時間の暇つぶしをしていたのなら、十人がかりの暇つぶしである。

なんとも贅沢な娯楽だ。

もちろん、これも僕の勝手な想像にすぎない。

しかし、もし本当に暇なら、ぜひ一人で楽しめる趣味を見つけてほしい。

読書なんてどうだろう。

一人でできる。

静かに楽しめる。

誰の仕事も中断させない。

おすすめである。

6.なぜ誰も「この会議、必要ですか?」と言わないのか

ここで、もう一つ疑問がある。

必要性を感じていない社員がいるとして、なぜ誰も指摘しないのだろう。

答えは、ある程度想像できる。

言いにくいからだ。

会議を開いているのは部署のトップ。

つまり、立場が上の人間だ。

その人に向かって、

「この会議、必要ですか?」

と言うのは、なかなか勇気がいる。

ましてや、会議が大好きな人に対してである。

本人が楽しそうにしているところへ、わざわざ水を差す必要があるのだろうか。

しかも、もし勇気を出して言ったらどうなるだろう。

「なるほど。会議の必要性について、皆さんで話し合いましょう」

……。

やめてくれ。

「次回のミーティングでは、会議のあり方を議題にしたいと思います」

やめてくれ。

会議をなくしたいと言った結果、会議が一つ増えてしまった。

そんな未来が見える。

もちろん、実際には意見を受け入れて改善してくれる上司もいるだろう。

ただ、発言しにくい雰囲気があると、社員は黙るようになる。

そして、誰も反対しないから、会議は必要なのだと判断される。

この悪循環は、なかなか厄介だ。

誰も文句を言わないことと、全員が満足していることは違う。

これは会議に限らず、職場全体に言えることだと思う。

7.無駄な会議は、社員のモチベーションを下げる

僕が一番問題だと思っているのは、ここだ。

無駄な会議は、時間を奪うだけではない。

仕事へのモチベーションまで奪ってしまう。

例えば、集中して仕事をしているとする。

順調に進んでいる。

今日は予定より早く終わりそうだ。

そんなときに、ミーティングが入る。

作業を中断する。

会議室へ行く。

すでに知っている話を聞く。

決まっていることを確認する。

誰も意見を出さない。

部署のトップだけが元気だ。

ようやく終わる。

「それでは、引き続きよろしくお願いします!」

はい。

仕事に戻ります。

……。

あれ、さっきまでのやる気はどこへ行った?

天井に抜けた魂と一緒に、どこかへ行ってしまった。

しかも、これが何度も続けば、社員は会議そのものを嫌いになっていく。

また仕事を中断させられる。

また同じような話を聞かされる。

また時間を奪われる。

そう思うだけで、気分が下がる。

本来、部署のトップには、部下が働きやすい環境を作る役割もあるはずだ。

しかし、会議を開くことで部下の意欲を下げているとしたら、何とも皮肉な話である。

部署のトップだけが充電され、部下全員のバッテリーが減っていく。

しかも、本人は良いことをしているつもりかもしれない。

「みんなで話し合って、士気を高めよう!」

そう考えている可能性もある。

しかし、会議室を見てほしい。

全員、顔が死んでいる。

もう答えは出ているのではないだろうか。

8.どうすれば無駄な会議をなくせるのか

では、どうすれば無駄な会議を減らせるのだろう。

僕なりに考えてみた。

① 本当に集まる必要があるのか考える

まず、会議を開く前に考えてほしい。

その話は、全員を集めなければできないのか。

メールでは駄目なのか。

社内チャットでは駄目なのか。

資料を共有するだけでは駄目なのか。

連絡事項を伝えるだけなら、文章で十分な場合も多い。

文章なら、必要なときに読み返すこともできる。

聞き逃した人がいても、確認できる。

伝えることが目的なら、必ずしも集まる必要はない。

② 必要な人だけを集める

会議が必要な場合でも、全員が参加する必要はないかもしれない。

三人で決められることなら、三人で話し合えばいい。

関係のない人まで集める必要はない。

会議の参加人数は、多ければいいというものではない。

むしろ、人数が増えるほど、全員の意見を聞くことが難しくなる場合もある。

そして、あの部署のトップとメモ男については、すでに解決策がある。

二人でやってくれ。

何度でも言いたい。

あの二人は、実に相性がよさそうだった。

話したい人と、書きたい人。

これほど理想的な組み合わせがあるだろうか。

③ 会議の目的を明確にする

会議を開くなら、何のために集まるのかを明確にしてほしい。

何を決めるのか。

何について意見が必要なのか。

何を共有するのか。

会議が終わったとき、どうなっていれば成功なのか。

それが分かっていれば、参加する側も準備できる。

逆に、目的が曖昧なまま集まれば、話が脱線しやすくなる。

そして、最悪の場合、こうなる。

「では、この件については次回の会議で話し合いましょう」

会議をした結果、次の会議が決まった。

恐ろしい。

会議が会議を生んでいる。

このままでは、いつか会社が会議だけで埋め尽くされてしまう。

④ 定例会議を一度やめてみる

毎週開催しているから。

昔から続いているから。

前任者もやっていたから。

そんな理由だけで続いている会議があるなら、一度見直してもいいと思う。

例えば、一回中止してみる。

それで業務に支障が出なければ、毎週開催する必要はないのかもしれない。

もちろん、情報共有が途絶えたり、問題の発見が遅れたりするなら、別の方法を考える必要がある。

大切なのは、開催することを前提にしないことだ。

会議を開く理由を探すのではなく、会議を開かずに済む方法を考える。

それだけでも、働き方は変わるのではないだろうか。

⑤ 会議の回数ではなく、成果を見る

会議を十回開いた。

ミーティングを毎週実施した。

全員参加の場を設けた。

それ自体は、必ずしも成果ではない。

大切なのは、その結果として何が改善されたのかだと思う。

業務上の問題が解決した。

意思決定が早くなった。

現場の困りごとが解消された。

そういう成果があれば、会議を開いた意味がある。

逆に、何度集まっても何も変わらないのなら、やり方を見直す必要がある。

会議を開いた回数で仕事を評価するのではなく、会議によって何が変わったのかを見てほしい。

9.会議が嫌いなのではない。無駄な会議が嫌いなのだ

ここまで散々文句を言ってきた。

しかし、誤解しないでほしい。

僕は、すべての会議をなくせと言っているわけではない。

必要な会議はある。

直接話し合った方が早いこともある。

複数人の意見を聞くことで、よりよい結論が出ることもある。

文章だけでは伝わらない問題もあるだろう。

そういう会議には意味がある。

ただ、会議を開くことが当たり前になりすぎていないだろうか。

集まることが仕事になっていないだろうか。

会議をしたという事実だけで、満足していないだろうか。

僕は、仕事をするために会社へ行っている。

もちろん、話し合いが必要なら参加する。

しかし、必要のない会議に何度も呼ばれるのは、やっぱり嫌だ。

仕事が中断される。

時間が失われる。

集中力が途切れる。

そして、やる気までなくなっていく。

それを繰り返していれば、会社や上司に対する不満も少しずつ積み重なる。

だから、会議を開く側には、もう少し参加する人の立場を考えてほしい。

自分が話したいから。

みんなの顔を見たいから。

何となく集まった方が安心だから。

もし、そんな理由で会議を開いているのなら、一度考え直してほしい。

その満足感のために、何人もの時間を使う必要があるのだろうか。

10.最後に。会議を減らすために必要なこと

僕は今でも、あの会議室の光景を思い出す。

元気いっぱいの部署のトップ。

魂の抜けた社員たち。

そして、一人だけ必死にメモを取っている男。

不思議な空間だった。

あれほど温度差のある部屋も、なかなか珍しいのではないだろうか。

部署のトップは、きっと何かしらの目的があって会議を開いていたのだと思う。

本人にとっては必要な時間だったのかもしれない。

ただ、参加する側にとっても必要な時間だったのか。

そこは、別の問題だ。

会議を開くことが悪いわけではない。

話し合うことが悪いわけでもない。

問題なのは、集まる必要があるのかを考えずに、人の時間を使ってしまうことだと思う。

そして、会議を開く立場の人には、参加者の表情を見てほしい。

誰も発言しない。

誰も楽しそうではない。

全員、早く終わってほしそうにしている。

それが毎回続いているのなら、何かを見直す必要があるのかもしれない。

僕が望んでいることは、それほど難しくない。

必要なときだけ集まる。

必要な人だけ集める。

話し合うことがなければ、集まらない。

それだけだ。

もし、それでも会議が好きでたまらないのなら、好きな人同士で開催してほしい。

部署のトップとメモ男。

あの二人なら、きっと素晴らしい会議ができる。

僕たちは、その間に仕事を進めておく。

これで全員が幸せになれるのではないだろうか。

そして、最後に一つだけお願いがある。

この記事を読んで、「確かに、うちの部署も会議が多いな」と思った管理職の方がいたとする。

それはいい。

ぜひ、会議のあり方を見直してほしい。

ただし、絶対にやめてほしいことがある。

「よし、無駄な会議を減らすために、みんなで話し合おう!」

そう言って、社員全員を会議室に集めることだ。

無駄な会議をなくすための会議だけは、絶対に開かないでほしい。

また、みんなの魂が抜けてしまう。

そして、天井で会議が始まる。

「なあ、これ、いつ終わるん?」

「知らん」

「晩ご飯、何にする?」

「カレーかな」

その頃、地上では、あの男が今日も必死にメモを取っている。

カリカリカリカリ。

もう、二人でやってくれ。

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