職場に、何度も同じ話をする人がいる。
一度や二度ではない。
三度、四度、五度。
何度も同じ話を繰り返す。
最初に聞いたときは、僕も普通に反応していた。
「へえ、そうなんですね!」
「それは大変でしたね!」
相づちを打ち、ときには笑いながら話を聞く。
しかし、二度目になると事情が変わる。
「あれ? この話、前にも聞いたような……」
まあ、いい。
誰だって、以前話したことを忘れることくらいある。
僕だって、同じ話をしてしまうことはあるだろう。
問題は、その先だ。
三度目。
「この前な、こんなことがあって……」
知っている。
四度目。
「ほんで、びっくりしたんやけど……」
知っている。
五度目。
「それで、どうなったと思う?」
知っている。全部知っている。
登場人物も、話の展開も、最後のオチも。
もはや、僕はその出来事を実際に体験した本人よりも、詳しく説明できる自信がある。
ところが、目の前の彼は楽しそうに話している。
まるで、初めて披露する話であるかのように。
僕は不思議な感覚に襲われた。
昨日も聞いた。
一昨日も聞いた。
そして今日も、まったく同じ話を聞いている。
僕は、時間のループに閉じ込められているのだろうか。
時計を見る。
針は進んでいる。
カレンダーも確認する。
日付は確かに変わっている。
しかし、目の前の男だけが、同じ話を繰り返している。
もしかすると、彼だけが昨日を生き続けているのかもしれない。
いや、待てよ。
ということは……。
僕は、彼を救うキーパーソンなのか?
そうか。
ようやく分かった。
彼が何度も同じ話をするのは、僕に何かを伝えようとしているからなのだ。
きっと、話の中に重要な手がかりが隠されている。
僕がその謎を解き明かしたとき、彼はようやくループから解放される。
よし。
今度こそ、注意深く聞こう。
一言も聞き逃すまい。
「ほんでな……」
僕は耳を澄ませた。
「そいつが、こんなこと言うてきてな……」
なるほど。
「それで、俺がこう言うたんよ!」
……。
……。
いや、何の手がかりもない。
ただの同じ話である。
どうやら、世界を救う物語ではなさそうだ。
それにしても、なぜ人は何度も同じ話をするのだろう。
そして、なぜ聞かされる側は、こんなにもイライラするのだろうか。
今回は、何度も同じ話をする人の心理と、聞く側がストレスを感じる理由、具体的な対処法について考えてみたい。
何度も同じ話をする人の心理とは?6つの理由
そもそも、同じ話を何度も繰り返す人は、何を考えているのだろう。
僕には理解できない部分がある。
一度話したのだから、もういいではないか。
しかし、本人にとっては、そう単純な話ではないのかもしれない。
考えられる心理を整理してみたい。
① 以前話したことを忘れている
まず考えられるのは、単純に忘れているという可能性だ。
誰に何を話したのか、覚えていない。
例えば、職場で起きた出来事を、Aさんに話す。
次にBさんに話す。
さらにCさんにも話す。
何人にも同じ話をしているうちに、誰に話したのか分からなくなる。
そして、翌日。
またAさんに話してしまう。
本人にとっては、初めて話しているつもりなのだろう。
しかし、Aさんにとっては二度目である。
さらに数日後、また同じことが起こる。
僕が聞かされているのも、こうした現象なのかもしれない。
ただ、ここで一つ疑問がある。
なぜ、僕が毎回きちんと反応していることは覚えていないのだろう。
こちらは笑った。
驚いた。
相づちも打った。
あれだけ丁寧に対応したのに、なかったことになっている。
僕の努力は、どこへ消えてしまったのだ。
もちろん、同じ話をするからといって、記憶力に問題があるとは限らない。
日常的な会話では、誰に何を話したか混同することもある。
ただ、毎回初めて聞くような反応を求められる側としては、なかなか大変なのである。
② 自分にとって印象深い出来事だから
二つ目は、本人にとって非常に印象深い出来事だからだ。
人には、何度でも話したくなる思い出がある。
昔の成功体験。
驚いた出来事。
腹が立った経験。
忘れられない失敗談。
自分にとって重要な出来事ほど、繰り返し思い出すことがある。
そして、その感情を誰かと共有したくなる。
例えば、昔の武勇伝を何度も話す人。
本人にとっては、人生の中でも特に輝いていた瞬間なのかもしれない。
だから、何度でも語りたくなる。
気持ちは分からなくもない。
僕にも、忘れられない出来事はある。
ただし、ここには大きな問題がある。
本人にとって忘れられない話が、聞く側にとっても忘れられない話とは限らない。
話している本人は、何度でも当時の感情を味わえる。
しかし、聞いている僕はどうだ。
一度目は新鮮だった。
二度目は確認だった。
三度目からは復習である。
そして五度目。
そろそろ試験でも始まるのだろうか。
これだけ繰り返し聞かされたのだから、満点を取れる自信がある。
③ 相手に共感してほしいから
三つ目は、共感を求めているという心理だ。
人は、必ずしも新しい情報を伝えるためだけに会話をしているわけではない。
自分の気持ちを分かってほしい。
驚いてほしい。
笑ってほしい。
大変だったね、と言ってほしい。
そうした感情を満たすために、話をすることもある。
例えば、職場で嫌なことがあった人。
一度愚痴を話しても、気持ちが収まらない。
翌日も思い出して腹が立つ。
そして、また同じ話をする。
この場合、本人が求めているのは情報交換ではなく、感情の共有なのだろう。
ただ、聞く側には限界がある。
一度目は、僕も共感する。
「それは嫌ですね」
二度目も、まあ分かる。
「大変でしたね」
しかし、三度目、四度目となると、こちらの感情も薄れてくる。
相手の怒りは昨日と変わらない。
しかし、僕の共感は少しずつ消耗している。
同じ話を聞くたびに、共感の在庫が減っていくのだ。
そろそろ補充が必要である。
④ 自分の話が面白いと思っている
四つ目は、自分の話に自信があるという可能性だ。
誰にでも、お気に入りのエピソードがあるだろう。
話すと笑ってもらえる。
驚いてもらえる。
周囲が盛り上がる。
そうした経験があると、また披露したくなる。
これは、ある意味で自然なことだ。
しかし、問題は、同じ相手に何度も披露してしまうことである。
例えば、最初に話したとき、僕が大笑いしたとする。
相手は嬉しかったのだろう。
数日後、また同じ話をする。
僕は、前にも聞いたことを伝えるタイミングを逃し、とりあえず笑う。
すると、相手はどう思うだろう。
「やっぱり、この話は面白いんや!」
そして、また披露する。
僕は再び笑う。
相手はさらに自信を深める。
……。
待て。僕が育ててしまったのか?
もしかすると、僕の愛想笑いが、この現象を加速させているのかもしれない。
そう考えると、少し複雑な気持ちになる。
⑤ 会話の引き出しが少ない
五つ目は、話題の引き出しが少ないという理由だ。
毎日、新しい出来事が起こるわけではない。
仕事に行く。
帰宅する。
食事をする。
寝る。
生活がある程度決まっていれば、話題も似たものになりやすい。
そんなとき、過去の出来事が会話の材料になる。
昔の仕事の話。
家族の話。
以前あった面白い出来事。
それ自体は悪いことではない。
僕だって、過去の出来事を何度も思い出す。
ただ、同じ相手に繰り返し話してしまうと、聞く側は退屈してしまうことがある。
特に職場では、毎日顔を合わせる。
話題が更新されないまま会話だけが続けば、自然と同じ話に戻ってしまうのかもしれない。
もっとも、話題が少ないことと、人間として面白くないことは別だ。
口数が少なくても、興味深い考えを持っている人はいる。
ただ、会話の内容が固定されてしまうと、聞く側には新鮮さがなくなるのである。
⑥ 沈黙が苦手だから
最後は、沈黙が苦手という心理だ。
会話が途切れると、何か話さなければならないと感じる人がいる。
無言の時間が気まずい。
相手を退屈させている気がする。
だから、とにかく話題を探す。
しかし、すぐに新しい話が思いつくとは限らない。
そこで、以前話したことのあるエピソードを持ち出す。
本人としては、会話を続けようとしているだけなのかもしれない。
ただ、僕は思う。
別に、無理して話さなくてもいいではないか。
職場なのだから、仕事をしていればいい。
沈黙していても、何も問題はない。
むしろ、静かな時間が好きな人間だっている。
僕がそうだ。
ところが、相手は沈黙を埋めようとする。
そして、また同じ話が始まる。
僕にとっては、沈黙の方がずっと快適だったのに。
人間の価値観とは、本当に難しいものである。
なぜ何度も同じ話を聞くとイライラするのか
ここまで、話す側の心理を考えてきた。
では、なぜ聞かされる側はイライラするのだろう。
単に同じ話だから、という理由だけではない気がする。
僕自身の経験を振り返ると、いくつかの原因が見えてくる。
① 結末を知っている話に付き合わなければならない
一番大きいのは、先の展開をすべて知っていることだ。
普通の会話には、多少なりとも新しい情報がある。
何が起こったのか。
相手はどう感じたのか。
その後、どうなったのか。
そうした展開を楽しむことができる。
しかし、何度も聞いた話には、それがない。
「この前な、こんなことがあって……」
知っている。
「そいつが突然、こんなこと言うてきてな!」
それも知っている。
「ほんで、どうなったと思う?」
知っている。むしろ、僕が説明しようか。
しかし、そんなことは言えない。
相手は楽しそうに話している。
こちらも、適当に相づちを打つ。
そして、知っている結末に向かって、会話が進んでいく。
これは、結末を知っている映画を何度も見せられるようなものだ。
しかも、早送りもできない。
途中で止めることも難しい。
最後まで付き合わなければならない。
映画なら、まだいい。
好きな作品なら何度でも楽しめる。
しかし、僕はその話のファンではない。
続編も希望していない。
そもそも、再上映を頼んだ覚えもないのである。
② 毎回、初めて聞いたような反応を求められる
二つ目は、反応することへの負担だ。
同じ話を聞くだけなら、まだ我慢できるかもしれない。
問題は、相手がこちらの反応を期待していることだ。
驚いてほしい。
笑ってほしい。
共感してほしい。
そして、僕はそれに応えようとする。
「ええっ、そうなんですか!」
驚く。
「それは面白いですね!」
笑う。
「大変でしたね!」
共感する。
しかし、心の中では別のことを考えている。
もう知っている。
全部知っている。
それでも、相手の気分を害さないように反応してしまう。
これは、なかなか疲れる。
僕は話を聞いているのではない。再放送に出演しているのだ。
しかも、毎回同じ役である。
台本も覚えてしまった。
そろそろ出演料をいただきたい。
③ 自分の時間を奪われているように感じる
三つ目は、時間の問題だ。
職場では、限られた時間の中で仕事をしている。
やるべきこともある。
考えたいこともある。
休憩したいときだってある。
そんなときに、何度も聞いた話が始まる。
一回の会話は、たった数分かもしれない。
しかし、それが何度も続けば、少しずつ時間を使うことになる。
しかも、新しい情報があるわけではない。
僕にとっては、すでに知っている話なのだ。
もちろん、雑談そのものが無駄だとは思わない。
何気ない会話から、相手との関係が深まることもある。
楽しい雑談なら、むしろ歓迎したい。
ただ、何度も同じ話を聞かされると、どうしても思ってしまう。
この時間で、ほかのことができたのではないだろうか。
そして、そんなことを考えている自分にも、少し嫌気が差す。
相手は悪気なく話しているだけかもしれない。
それなのに、僕はイライラしている。
この気持ちをどう処理すればいいのだろう。
何度も同じ話をする人への対処法5選
では、何度も同じ話をする人には、どう対応すればいいのだろう。
毎回、初めて聞いたように反応していては、こちらが疲れてしまう。
かといって、露骨に嫌な顔をすれば、人間関係が悪くなる可能性もある。
特に職場では、今後も顔を合わせる。
できるだけ角を立てずに対応したいところだ。
① 「その話、前にも聞きましたよ」と伝える
最も分かりやすい方法は、以前聞いたことを伝えることだ。
「その話、前にも聞きましたよ」
これだけで、相手が気づく場合がある。
もし単純に忘れていただけなら、
「ああ、そうやったな!」
と会話が終わるかもしれない。
ただし、言い方には気をつけたい。
「それ、何回も聞きましたけど」
と冷たく言えば、相手を傷つける可能性がある。
できれば、自然に伝える方がいいだろう。
「それ、前にも聞きました! あの話ですよね」
このくらいなら、比較的角が立ちにくい。
もっとも、相手が以前話したことを覚えていて、それでも話したい場合には、効果がないかもしれない。
② 話の結末を先に言ってみる
二つ目は、結末を先に伝える方法だ。
「この前な、こんなことがあって……」
「ああ、最後に〇〇になる話ですよね!」
こうすれば、以前聞いたことが伝わる。
相手も、同じ話を繰り返していることに気づくかもしれない。
ただし、これは少し強引な方法でもある。
話している本人は、最後まで話したかったのかもしれない。
いきなり結末を言われると、気分を害する可能性もある。
だから、相手との関係性を考えて使いたい。
親しい相手なら、冗談交じりに伝えられるだろう。
しかし、職場の上司や、あまり親しくない相手には慎重になった方がいい。
③ 毎回、大げさに反応しない
三つ目は、反応を控えめにすることだ。
僕自身、これが重要なのではないかと思っている。
相手が同じ話をするたびに、大笑いする。
驚く。
質問する。
そうすると、相手は会話が盛り上がっていると感じるかもしれない。
もちろん、反応を薄くすれば必ず改善するわけではない。
ただ、無理に盛り上げる必要もない。
「そうなんですね」
「なるほど」
その程度の相づちで十分な場合もある。
大切なのは、自分が疲れるほど相手に合わせないことだ。
④ 自然に別の話題へ切り替える
四つ目は、話題を変える方法だ。
同じ話が始まりそうになったら、別の話を振ってみる。
「そういえば、今日の仕事なんですけど」
「ところで、あれってどうなりました?」
こうした形なら、会話を自然に切り替えられる。
ただし、相手が話の途中なら、無理やり遮らない方がいい場合もある。
タイミングを見ながら、少しずつ方向を変える。
職場であれば、仕事の話に戻すのが比較的自然だろう。
⑤ 会話する時間を短くする
最後は、物理的に会話の時間を減らす方法だ。
何度伝えても同じ話が続く。
話題を変えても、また戻ってくる。
そんな場合は、無理に付き合い続ける必要はない。
「すみません、そろそろ仕事に戻ります」
「ちょっと作業があるので」
そう伝えて、会話を切り上げる。
もちろん、相手を無視したり、冷たく突き放したりする必要はない。
ただ、自分の時間を守ることも大切だ。
何度も同じ話を聞くために、こちらが我慢し続ける必要はないのである。
同じ話をする人に悪気があるとは限らない
ここまで、何度も同じ話をする人について考えてきた。
正直、僕はイライラする。
同じ話を何度も聞くのは、やはり疲れる。
しかし、だからといって、相手が悪い人間だとは限らない。
本人は、以前話したことを忘れているだけかもしれない。
誰かに共感してほしいのかもしれない。
あるいは、僕と会話すること自体を楽しんでいる可能性もある。
そう考えると、少し見方が変わる。
もちろん、だからといって、何度でも付き合わなければならないわけではない。
相手の気持ちを理解することと、自分が我慢し続けることは別だ。
大切なのは、適度な距離感なのだろう。
相手を必要以上に責めず、自分も無理をしない。
そのくらいの関係が、職場ではちょうどいいのかもしれない。
ただ、一つだけ言わせてほしい。
僕は、もうその話を知っている。
本当に知っている。
登場人物も、展開も、結末も。
何なら、途中のセリフまで覚えている。
だから、どうか。
そろそろ新しい話を聞かせてほしい。
おわりに|どうやら、まだループから抜け出せていないらしい
なるほど。
何度も同じ話をする人の心理が、少し分かった気がする。
そして、対処法も考えた。
これで、ようやく僕も同じ話から解放されるかもしれない。
相手に悪気があるとは限らない。
僕も、もう少し寛大な心で接してみよう。
そう思った、そのときだった。
「そういえば、この前な……」
……。
待て。
この話は。
「ほんでな、びっくりしたんやけど……」
間違いない。
また、あの話だ。
僕は静かに天井を見上げた。
どうやら、まだループから抜け出せていないらしい。
いや、待てよ。
もしかすると、本当にループしているのは彼ではなく……。
僕の方なのかもしれない。
