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常連だと認識された瞬間、その店に行きにくくなる。

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「いつもありがとうございます」

この言葉を言われると、僕は妙に恥ずかしくなる。

もちろん、何も悪い言葉ではない。

むしろ最高の接客だろう。

何度も店に来ている客の顔を覚えて、いつも利用してくれていることに感謝を伝える。

店員さんからすれば、100点満点の接客である。

普通なら嬉しいのだと思う。

「顔、覚えてくれてたんだ」

「常連になったんだな」

少し誇らしい気持ちになる人だっているだろう。

僕は違う。

「あ、覚えられてた」

妙に恥ずかしい。

そして次にその店へ行くのが、ほんの少しだけ行きにくくなる。

店員さんは何も悪くない。

問題は、全面的に僕にある。

目次

僕の来店履歴が保存されている

よくタバコを買いに行くコンビニがある。

最初の頃は、

「○番ください」

「はい」

「ありがとうございます」

これだけだった。

素晴らしい。

僕はタバコを買う客であり、店員さんはタバコを売る店員さんである。

それ以上でも、それ以下でもない。

ところが、何度も通っていると状況が変わってくる。

ある日、レジへ行く。

僕が番号を言うより先に、

「○番ですよね?」

と言われる。

終わった。

僕が何を吸っているのか、この人は知っている。

いや、考えてみれば当たり前である。

同じ時間帯に、同じ顔の男が、何度も同じタバコを買いに来る。

覚えることくらいあるだろう。

しかも店員さんは、僕の手間を省いてくれている。

最高の接客である。

なのに僕は、

僕のニコチン事情が、この人の頭の中に保存されている。

と思ってしまう。

別に隠していたわけではない。

秘密でもない。

それでも、自分という存在が相手の記憶に残っていたことが、妙にもどかゆい。

僕としては毎回、何食わぬ顔でコンビニへ入っていたつもりだった。

一回目の僕。

二回目の僕。

三回目の僕。

僕の中では、それぞれ独立した買い物だった。

しかし店員さんの中では、

全部、僕だった。

当たり前である。

当たり前なのに、なんだか恥ずかしい。

「いつものですか?」と言われると、いつものを頼みにくい

定食屋でも同じことが起きる。

美味しい定食屋を見つける。

値段も手頃で、居心地もいい。

気に入ったから何度も行く。

何度も行くのだから、当然、顔を覚えられる。

最初は、

「いらっしゃいませ」

だった。

それが、

「いつもありがとうございます」

に変わる。

そして、さらに関係が進むと、

「今日も唐揚げ定食ですか?」

となる。

今日も唐揚げ定食である。

僕は唐揚げ定食を食べるために、この店まで来た。

店員さんは何も間違っていない。

僕のことを覚えてくれている。

いつも頼む料理まで覚えてくれている。

やっぱり最高の接客だ。

なのに、

「今日も唐揚げ定食ですか?」

と聞かれた瞬間、

「今日は焼き魚で」

と言いたくなる。

なぜだ。

唐揚げを食わせてくれ。

僕は自由に唐揚げを食べていただけなのだ。

それがいつの間にか、

「いつも唐揚げを食べる人」

として認識されている。

僕に設定が追加されてしまった。

もちろん、店員さんはそんな大げさなことを考えていない。

「この人、唐揚げ好きなんだな」

とすら思っていないかもしれない。

単純に注文を覚えているだけだろう。

わかっている。

わかっているからこそ、もどかしい。

誰も悪くない。

僕だけが勝手に恥ずかしがっている。

僕は、有象無象でいい

たぶん僕は、店にとって特別な客になりたいと思っていない。

「行きつけの店」という言葉がある。

店主と顔馴染みになって、

「お、今日も来たね」

と言われる。

席に座れば、

「いつもの?」

で注文が通る。

店主と世間話をして、帰り際には、

「また来てね」

と言われる。

そういう関係に憧れる人もいると思う。

僕は、あまり憧れない。

僕は店にとって、有象無象でいい。

今日来た百人の客のうちの一人。

昨日も来ていたかもしれない。

明日も来るかもしれない。

でも、そんなことはいちいち覚えていない。

それくらいが、ちょうどいい。

コンビニでタバコを買う。

定食屋で飯を食う。

「ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

それで終わる。

次の日には、お互いの記憶から少し薄れている。

僕はそんな関係が好きだ。

冷たいとは思わない。

むしろ、そこには妙な自由がある。

匿名Bでいさせてほしい

たぶん僕は、完全に無視されたいわけでもない。

店員さんが無愛想なら、それはそれで嫌だ。

笑顔で接客してくれたら嬉しい。

困ったときには助けてほしい。

僕も「ありがとうございます」と言うし、美味しかったら「ごちそうさまでした」と言う。

ただ、それ以上はいらない。

感じのいい他人同士でいたい。

僕はその距離が好きなのだと思う。

名前はいらない。

職業もいらない。

どこに住んでいるのかも、毎週何曜日に来るのかも知らなくていい。

僕がいつも何を頼むのかも、できれば忘れていてほしい。

店員さんから見れば、

「ああ、なんか見たことあるような気がする人」

そのくらいでいい。

僕は、匿名Bくらいでいたい。

Aですらなくていい。

Bくらいがちょうどいい。

ところが、

「いつもありがとうございます」

その一言で、匿名Bではなくなる。

昨日まで有象無象だった僕に、輪郭ができる。

「あの人」

になる。

僕という個体が、誰かの中に存在し始める。

それが、どうにも恥ずかしい。

何度でも、初めての客でいたい

考えてみれば、かなり贅沢なことを言っている。

気に入った店には何度も行きたい。

でも、常連だとは思われたくない。

親切にはしてほしい。

でも、僕のことは覚えないでほしい。

感じよく接してほしい。

でも、距離は縮めないでほしい。

めちゃくちゃ面倒くさい客である。

だから当然、店員さんに求めるつもりはない。

「すみません。僕の顔を一回忘れてもらっていいですか」

そんな注文はできない。

たぶん僕はこれからも、同じコンビニでタバコを買う。

同じ定食屋で唐揚げ定食を食べる。

そして、

「いつもありがとうございます」

と言われたら、

「ありがとうございます」

と笑って返す。

心の中では、

見つかった。

と思いながら。

第二の家のような店。

顔馴染みの店員さん。

「いつもの」で通じる関係。

そういう場所が心地いい人もいる。

僕にとって心地いいのは、たぶん逆だ。

何度行っても、ただの客。

百人いる客のうちの一人。

名前もない。

設定もない。

僕は、有象無象でいい。

何度通っても、

何度でも初めての客でいたい。

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