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退職した職場の元上司からLINEが来た。返信しなくてもいいと思う。

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退職したあと、元上司からLINEが来た

退職してしばらく経ったころ、スマホにLINEが来た。

画面を見る。

前の職場の上司だった。

僕はメッセージを読んだ。

そして、

返さなかった。

別に喧嘩して辞めたわけではない。

その上司が嫌いだったわけでもない。

恨んでいるわけでもない。

LINEの内容に腹が立ったわけでもない。

ただ、

返したくなかった。

それだけだった。

でも、こういうとき少し考える。

「返信くらいした方がいいかな」

「無視するのは失礼かな」

「一応、お世話になった人だしな」

スマホを閉じる。

また開く。

メッセージを見る。

返信欄を開く。

「お久しぶりです」

くらい打とうと思えば打てる。

十秒で終わる。

でも、打たない。

ここで僕は不思議に思った。

僕はもう、その会社を辞めている。

最後の勤務も終えた。

必要なものも返した。

最後の挨拶もした。

会社から出た。

エンドロールは流れたはずである。

なのに元上司からLINEが来ただけで、

「返さないといけないかな」

と思っている。

会社は辞めたのに、

心だけまだ少し出勤している。

なんでだろう。

「元上司」の「元」は、かなり重要だと思う

考えてみれば、「元上司」という言葉は不思議だ。

上司だった人。

つまり、

もう上司ではない。

当たり前である。

でも、なぜか「上司」の部分だけが強く残る。

働いていたころなら、上司から連絡が来れば返す。

業務上必要なことなら当然だ。

「明日の勤務時間が変更になりました」

「確認しました」

「この書類を提出してください」

「わかりました」

そこには仕事上の関係がある。

上司には上司の役割があり、僕には部下としての役割がある。

だから返す。

でも、退職した。

昨日まで、

「上司と部下」

だった二人が、

今日から、

「前に同じ会社にいた人」と「僕」

になる。

急に遠い。

もちろん、退職した瞬間に記憶が消えるわけではない。

一緒に働いた時間も残っている。

お世話になったことも覚えている。

でも、関係性は変わっている。

なのに僕たちは、ときどき「元上司」という肩書きを見ただけで、昔の上下関係を自分の中に復活させてしまう。

「元上司からLINEが来た」

「返さないと失礼かな」

ちょっと待ってほしい。

「元」なのだ。

ここはかなり重要だと思う。

元上司。

元同僚。

元部下。

退職したら、仕事上の関係は終わっている。

そのあとに関係を続けるなら、それはもう会社ではなく、

人と人として続ける関係

なんじゃないかと思う。

そもそも、なんで僕にLINEしてきたんだろう

返信するかどうかを考えているうちに、別の疑問が出てきた。

そもそも、なんで僕にLINEしてきたんだろう。

退職してから、それなりに時間も経っている。

僕から連絡したわけでもない。

仕事上の用事でもない。

そこで一回、元上司の立場になって考えてみた。

もちろん、本当の理由は本人にしかわからない。

純粋に、

「元気にしてるかな」

と思ってくれただけかもしれない。

それならありがたいことだ。

辞めた人間のことを気にかけてくれている。

普通に考えれば、優しい。

ただ、僕にはもう一つ思い当たるものがあった。

僕が今、何をしているのか知りたかったんじゃないか。

そして、それを前の職場で話したかったんじゃないか。

「そういえば、あいつ今何してるんやろ」

「この前LINEしたで」

「今〇〇してるらしいわ」

「へえ、そうなんや」

そんな会話が、なんとなく想像できた。

僕が一通返信する。

「今は〇〇しています」

数日後。

僕の近況だけが元職場に出勤している。

本人は辞めたのに、情報だけ再雇用されている。

もちろん、これは僕の想像でしかない。

本当にそんな会話が行われるのかは知らない。

ただ純粋に僕のことを気にかけてくれただけかもしれない。

だから、

「絶対に職場で話題にするためだ」

なんて言うつもりはない。

でも、仮にそうだったとしても、僕には一つ疑問がある。

僕はそれに答えないといけないんだろうか。

どこで働いているのか。

何をしているのか。

毎日どう過ごしているのか。

元気なのか。

彼女はいるのか。

結婚したのか。

何を始めたのか。

辞めたあと、どうなったのか。

気になるのは自由だ。

僕だって、昔一緒に働いていた人について、

「あの人、今何してるんやろ」

と思うことくらいある。

でも、

気になることと、知る権利があることは別だ。

相手が知りたがっているからといって、こちらに説明義務が発生するわけではない。

「今何してるの?」

と聞く自由があるなら、

答えない自由もある。

退職後近況報告書。

そんな書類を提出した記憶はない。

僕の近況は、元職場の共有財産ではない

これは元上司に限らない。

会社を辞めた人の話って、職場では結構話題になる。

「あの人、今どうしてるん?」

「転職したらしいで」

「どこ行ったん?」

「結婚したらしい」

「今こんな仕事してるらしい」

辞めた本人はいないのに、

その人の近況だけが職場を歩き回っている。

別に悪いことではない。

人間だから気になる。

共通の知り合いの話題なんて、どこにでもある。

僕だって絶対にやったことがないとは言えない。

ただ、

自分の近況をそこに提供するかどうかは、自分で決めていい。

僕はもう、その職場にいない。

だから今の僕が何をしているのかは、元職場の共有情報ではない。

言いたければ言う。

言いたくなければ言わない。

それだけだ。

退職したのに、

僕の近況だけ元職場に再就職させるつもりはない。

しかも本人不在である。

情報だけ週五勤務。

せめて給料をくれ。

もちろん、元上司が本当にそんな目的で連絡してきたのかはわからない。

そこはどうでもいい。

大事なのは、

相手がどんな理由で送ってきたとしても、僕に返信義務が発生するわけではない

ということだと思う。

「返信くらいすればいい」が、少し苦しい

こういう話をすると、

「いや、返信くらいしたらええやん」

と言われそうだ。

それもわかる。

LINEの返信なんて、一分もかからない。

「お久しぶりです。元気にしています」

これだけでいい。

簡単である。

だからこそ、ややこしい。

一時間かかるなら、

「面倒だからやめておこう」

と言いやすい。

でも一分で終わる。

すると、

一分くらい使えよ

という謎の圧力が、自分の中から生まれる。

でも、時間の問題ではない。

返信するということは、

会話を再開することでもある。

「お久しぶりです!」

と返す。

「元気?」

と来る。

「元気です」

と返す。

「今何してるの?」

と来る。

「〇〇してます」

と返す。

「そうなんや。〇〇さんも元気やで」

知らなかった前の職場の近況が流れ込んでくる。

始まった。

退職したはずの会社が、

僕のLINEの中で再オープンする。

そして、

「今度みんなで飲みに行くけど来る?」

第二章が始まる。

僕としては第一部で完結したつもりだった。

続編制作の話は聞いていない。

もちろん、それが嬉しい人もいると思う。

辞めたあとも元同僚と会いたい。

元上司とも飲みに行きたい。

昔の職場の話をしたい。

それなら行けばいい。

僕が言いたいのは、

行きたくない人まで行く必要はない

という、それだけの話だ。

「お世話になったから返したい」なら、それでいい

ここは勘違いされたくない。

僕は、

「退職したら元上司なんて全員無視しろ」

と言いたいわけではない。

そんな思想はない。

関係を続けたい人には返せばいい。

仲が良かった人。

尊敬していた人。

仕事を離れても話したい人。

また会いたい人。

そういう人からLINEが来たら、僕だって返す。

そして、

「お世話になったから、ちゃんと返信したい」

という気持ちも自然だと思う。

仕事を教えてもらった。

困っていたとき助けてもらった。

失敗したときフォローしてもらった。

そのことに感謝している。

だから返信したい。

それなら返せばいい。

僕が少し違和感を覚えるのは、

「お世話になったから返したい」

が、

「お世話になったんだから返さないといけない」

に変わった瞬間だ。

似ているけれど、全然違う。

「返したい」は、自分の気持ちだ。

「返さなきゃ」は、義務になっている。

しかも、その義務は誰かに命令されたものではない。

自分で作って、自分で背負っている。

会社を辞めたあとまで、

昔の上下関係を自分の中に残しておく必要はないと思う。

「ありがとうございました」は、関係継続の契約ではない

お世話になったことは消えない。

退職したからといって、

「あの人には何もしてもらってません」

になるわけではない。

そのとき助けてもらった。

ありがたいと思った。

「ありがとうございました」

と伝えた。

それは本物だ。

でも、

感謝した相手と、一生付き合い続けなければならないわけではない。

感謝と関係継続は別の話だと思う。

僕たちは「お世話になった」という言葉を、ときどき未来まで伸ばしすぎる。

お世話になったから、誘われたら行かなければ。

お世話になったから、LINEには返さなければ。

お世話になったから、ずっと関係を続けなければ。

どこまで続くんだ。

もちろん、自分が続けたいならいい。

でも「お世話になった」という過去を、

未来の人間関係の契約書にしなくてもいい。

そのときお世話になった。

そのとき感謝した。

それで十分な関係もある。

「ありがとうございました」は、

「これからもよろしくお願いします」と同じ意味ではない。

人間関係は、終わってもいい

人間関係というのは、なぜか「続く方がいいもの」とされがちだ。

学生時代の友達と今でも仲良し。

前の職場の人と今でも飲みに行く。

昔の恩師と今でも連絡を取っている。

素敵な話だと思う。

でも逆に、

卒業して会わなくなった。

退職して連絡を取らなくなった。

引っ越して疎遠になった。

これも別に、悪いことではないと思う。

人間関係には、

その場所にいるあいだだけ成立するもの

がある。

学校にいたから話していた。

同じクラスだったから仲が良かった。

同じ職場だったから毎日話していた。

同じ仕事をしていたから助け合っていた。

環境が変われば、自然と話さなくなる。

それでいい。

続かなかったからといって、そのときの関係まで偽物になるわけではない。

一緒に働いていたころは、ちゃんと上司だった。

僕もちゃんと部下だった。

必要な話をした。

助けてもらったこともある。

笑ったこともある。

その時間があった。

でも、

終わった。

それだけだ。

映画が終わったからといって、

「あの二時間は無意味だった」

とはならない。

面白かった。

そして終わった。

人間関係にも、そういうものがあっていいと思う。

返さないことと、嫌いなことは別だ

LINEを返さない。

誘いを断る。

連絡を取らなくなる。

そうすると、

「嫌われたのかな」

「怒ってるのかな」

と考えることがある。

でも、

返さない=嫌い

とは限らない。

僕が元上司のLINEに返さなかったのも、嫌いだったからではない。

腹が立っていたわけでもない。

仕返しでもない。

ただ、

もう関係を続けようと思わなかった。

それだけだった。

これは冷たいのだろうか。

僕は、そうは思わない。

むしろ、関係を続けたいと思っていないのに、

「お世話になったから」

「返さないと失礼だから」

という理由だけで会話を続ける方が、不思議な気もする。

本当は会いたくない。

でも誘われたから行く。

本当は話したくない。

でもLINEが来たから返す。

本当はもう関係を終えている。

でも「元上司だから」という理由でつなぎ続ける。

誰のためなんだろう。

相手は僕が義務感で返しているなんて知らない。

僕だけが疲れる。

だったら、

終わった関係を、終わったままにしておく

という選択があってもいい。

もちろん、返信が必要な連絡は別の話

ただし、これは完全に私的な連絡の話だ。

退職したあとでも、

返信や対応が必要な連絡はある。

給与。

書類。

税金。

退職手続き。

貸与品。

引き継ぎ。

何か確認しなければならないこと。

そういう連絡まで、

「もう辞めたから知りません」

で無視するのは話が違う。

必要なものは対応する。

僕が言っているのは、

仕事上の手続きが全部終わったあとに来る、

「元気?」

「最近どう?」

「今何してるの?」

「今度飲みに行かない?」

みたいな私的な連絡だ。

そこには、もう会社員として返信する義務はない。

だから基準はシンプルでいいと思う。

この人との関係を、これからも続けたいか。

続けたい。

なら返す。

会いたい。

なら会う。

お世話になったから、一度くらい近況を返したい。

それもいい。

でも、

「元上司だから」

「昔お世話になったから」

「無視したら失礼だから」

だけで無理に返そうとしているなら、

一回スマホを置いてもいいんじゃないかと思う。

「返さなきゃ」は、どこから来るんだろう

そもそも、なぜLINEが来ると、

「返さなきゃ」

と思うんだろう。

LINEには、返信義務なんて表示されていない。

メッセージが一通来ただけだ。

でも画面を見ると、

未処理の仕事

みたいに感じる。

返信していない。

返さなきゃ。

既読をつけた。

さらに返さなきゃ。

相手が元上司。

もっと返さなきゃ。

誰も命令していないのに、

僕の頭の中だけで業務が発生する。

退職した会社の元上司から来たLINEに、

自分で勝手に締め切りを設定している。

もう給料も出ないのに。

考えてみれば不思議だ。

人間関係の義務というのは、誰かに強制されるものより、

自分の中で勝手に作っているものの方が多いのかもしれない。

返信しないと失礼。

誘いを断ると悪い。

久しぶりに連絡が来たら返すべき。

お世話になった人とは関係を続けるべき。

もちろん、そうしたい人はそうすればいい。

でも、

「べき」になった瞬間、一回疑ってみてもいい。

本当に僕は返したいのか。

それとも、

「返す人であるべき」

と思っているだけなのか。

退職したら、人間関係も自分で選び直していい

職場という場所は不思議だ。

年齢も性格も趣味も全然違う人たちが集められて、

週に何十時間も一緒に過ごす。

冷静に考えると、かなり特殊な人間関係である。

自分で選んだ友達ではない。

でも毎日会う。

毎日挨拶する。

一緒に仕事をする。

ときには家族より長い時間、同じ空間にいる。

そうすると、

会社という枠組みがなくなったあとも、

その関係が当然続くような気がしてしまう。

でも退職したら、

一回選び直してもいいと思う。

この人とは、これからも話したい。

この人とは、また会いたい。

この人とは、もういいかな。

それでいい。

全員と関係を続ける必要はない。

逆に、全員を切る必要もない。

会社が決めた人間関係を、退職後までそのまま持っていく必要はない。

ここから先は、自分で選べる。

僕はその自由も、退職に含まれていると思っている。

僕は、返さなかった

元上司から来たLINEを、もう一度見る。

別に嫌な内容ではない。

普通のLINEだ。

悪意もない。

むしろ、僕のことを気にかけて送ってくれたのかもしれない。

あるいは、

僕が今何をしているのか知りたかっただけかもしれない。

前の職場で、

「今あいつ、〇〇してるらしいで」

と話したかったのかもしれない。

本当のところは知らない。

そして、

知らなくてもいい。

相手がどんな理由でLINEを送ったのかと、

僕が返信したいかどうかは別の話だからだ。

少しだけ、

「返した方がいいかな」

とも思った。

返信欄を開く。

「お久しぶりです」

と打とうと思う。

でも、やめた。

スマホを閉じる。

僕はもう、その人の部下ではない。

嫌いなわけではない。

怒っているわけでもない。

お世話になったことを忘れたわけでもない。

ただ、

これからも関係を続けたいとは思わなかった。

それなら、無理に続けなくてもいい。

返したい人には返す。

会いたい人には会う。

お世話になったから返したいと思うなら、それもいい。

でも、

「返さなきゃ」

という理由だけで、終わった関係を延長しなくてもいい。

お世話になった。

ありがとうございました。

それは本当だ。

その気持ちは、今でも変わらない。

でも、

「ありがとうございました」は、
「これからもよろしくお願いします」ではない。

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