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本を読みたいけど時間がない人へ。スキマ時間だけでも意外と読める

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本を読みたい。

読みたい本もたくさんある。

本屋に行けば気になる本が増えるし、SNSを見れば誰かがおもしろそうな本を紹介している。

「これも読みたい」

「あれも読みたい」

そう思って買った本が、いつの間にか積み上がっている。

それなのに、なかなか読めない。

理由は簡単だ。

時間がない。

仕事がある。

学校がある。

家事がある。

帰宅したらご飯を食べて、お風呂に入って、気づけばもう寝る時間。

休日だって、やりたいことは読書だけではない。

買い物にも行きたいし、映画も観たい。

ぼーっとしたい日だってある。

一日は24時間しかない。

「本を読む時間がもっとあればなあ」

そう思っている人は多いんじゃないだろうか。

僕も、本を一冊読むために毎日何時間も机に向かっているわけではない。

むしろ僕は、本を読むのが速い方ではない。

一冊を読むのに、それなりに時間がかかる。

だからこそ最近思う。

読書のために、まとまった時間を作ろうとしなくてもいいんじゃないか。

30分。

15分。

10分。

なんなら5分。

一日の中に散らばっている小さな時間に、本を置いてみる。

それだけでも、意外と読める。

「時間ができたら読書をしよう」

ではなく、

「今ある時間で読んでみよう」

くらいでいい。

今回は、忙しいけれど本を読みたい人に向けて、僕が普段考えている「スキマ時間の読書」について書いてみたい。

目次

「一冊読む時間」を探すから、時間がない

読書をしようと思ったとき、僕たちは無意識に「まとまった時間」を想像している気がする。

静かな部屋。

コーヒーでも淹れて。

椅子に座って。

30分、できれば1時間くらい。

誰にも邪魔されず、じっくり本を読む。

もちろん、最高である。

僕もそんな読書は好きだ。

休日に時間を気にせず小説を読むのは楽しい。

でも、毎日そんな時間を用意できるかと言われると難しい。

「今日は1時間、本を読もう」

と思うと、途端に読書のハードルが上がる。

一日の予定を見ながら、

仕事が終わるのが何時。

帰宅するのが何時。

ご飯を食べて。

お風呂に入って。

そこから1時間……。

ない。

読書時間がない。

となる。

でも、本当にないのだろうか。

もしかすると、ないのは「1時間連続した読書時間」であって、読書に使える時間そのものではないのかもしれない。

一冊の本を読むための時間を、一日のどこかに丸ごと置こうとするから難しくなる。

300ページの文庫本を読むとして、

「300ページを読む時間はどこにある?」

と考えたら、そんな時間はなかなかない。

でも、

「今10ページ読める時間はある?」

なら、見つかるかもしれない。

一冊を読む時間はなくても、一冊を読むための10分なら、一日のあちこちに落ちている。

僕はそう思っている。

5分しかないから読まない、はもったいない

電車が来るまで5分。

待ち合わせまで10分。

休憩があと15分。

こういう時間ができたとき、

「今から本を読んでも、たいして進まないしな」

と思うことがある。

確かに、5分で読める量なんてそれほど多くない。

数ページかもしれない。

ちょうど物語に入り込んだところで終わるかもしれない。

でも、だからといって読まなければ、当然0ページである。

5分で5ページ読めたとする。

一回だけなら、大したことはない。

でも、それが一日に何回かあったらどうだろう。

朝に5ページ。

昼に10ページ。

帰りに5ページ。

寝る前に10ページ。

合計30ページ。

それを何日か繰り返せば、一冊が終わる。

だから僕は、

「5分しかないから読まない」が一番もったいない

と思っている。

5分しかないから、5分読む。

それでいい。

読書は、一度本を開いたら最低30分続けなければならないものではない。

途中で駅に着いたら閉じればいい。

休憩が終わったら閉じればいい。

続きはまた次に読めばいい。

本は逃げない。

むしろ、

5分しかないから読まない、を積み重ねれば0ページのまま。
5分しかないけど読む、を積み重ねれば、いつか一冊になる。

この違いはかなり大きい。

なんとなくスマホを触っている時間を少しだけ本に変える

そして、スキマ時間について考えると、どうしてもスマホの存在は大きい。

僕もスマホを見る。

SNSも見る。

動画も見る。

調べものもする。

スマホは便利だし、楽しい。

だから「スマホなんてやめて本を読もう」と言うつもりはない。

そんなことを言いながら、僕も普通にスマホを触る。

ただ、一つだけ減らせそうな時間がある。

特に目的もなく、なんとなくスマホを触っている時間だ。

スマホを開く。

特に見たいものはない。

とりあえずSNSを開く。

閉じる。

数分後、またスマホを開く。

またSNSを見る。

さっき見た。

ニュースを見る。

それもだいたい知っている。

ホーム画面に戻る。

そして数分後。

またスマホを開く。

僕はいったい何を待っているんだ。

こういう時間、意外とある。

もちろん、それが休憩になっているなら無理にやめなくていい。

疲れているときは、何も考えずスマホを眺めたい日もある。

読書より動画を見たい日だってある。

それでいい。

ただ、「本を読みたいのに時間がない」と感じているなら、この時間の一部だけでも本に変えてみる価値はある。

30分スマホを見ていたなら、30分全部を読書にしなくていい。

最初の10分だけでもいい。

電車でなんとなくスマホを開く代わりに、10分だけ本を開く。

それだけで一日10分。

一か月なら、かなりの時間になる。

僕たちは不思議なもので、

「5分しかないから本は読めない」と思うのに、5分なら普通にスマホを触る。

スマホにとっては十分な5分なのに、読書になると突然「短すぎる時間」になる。

でも、本だって5分でいい。

数ページでも進めば、それは立派な読書だ。

通勤30分、休憩1時間。それだけでも結構ある

僕の場合、仕事の日には通勤がある。

片道30分くらいだとする。

行きで30分。

帰りで30分。

往復で1時間。

さらに仕事の休憩が1時間。

これだけで、

一日2時間ある。

もちろん、電車の乗り換えもあるし、休憩中にご飯も食べるので、2時間すべてを読書に使えるわけではない。

それでも結構な時間になる。

何より重要なのは、この時間を読書のために新しく作ったわけではないことだ。

通勤は、本を読まなくてもする。

休憩も、本を読まなくてもある。

つまり、

もともと生活の中に存在している時間に、本を置いただけ。

朝2時間早く起きる必要はない。

睡眠時間を削る必要もない。

帰宅後に「よし、今から2時間読書するぞ」と気合いを入れる必要もない。

どうせ電車には乗る。

どうせ休憩はする。

だったら、その一部で読む。

これが僕には合っている。

「読書する時間を作る」と考えると大変だけれど、

「すでにある時間を読書に変える」

と考えると、かなり楽になる。

寝る前の30分も、実は大きい

もう一つ大きいのが、寝る前である。

「そろそろ寝よう」

と思って布団に入る。

スマホを見る。

ちょっとだけSNSを見る。

おすすめの動画が出てくる。

一本だけ見る。

関連動画が出てくる。

もう一本見る。

気づけば30分。

ある。

めちゃくちゃある。

そして僕は思う。

30分あったやん。

「今日は読書する時間がなかったな」

と思っていたのに、寝る直前に30分スマホを見ている。

もちろん、その30分を楽しんでいるなら何も問題はない。

僕もスマホを見たい日は見る。

でも、読みたい本があるなら、その30分のうち10分や15分だけでも本に変えられる。

通勤往復で1時間。

休憩で1時間。

そこに寝る前の30分。

全部使えば2時間30分。

実際には全部を読書にする必要なんてない。

それでも、生活の中に「本を読めそうな時間」がかなりあることは分かる。

「忙しいから読書時間がない」と思っていたけれど、

もしかすると時間がなかったのではなく、

本を開く前にスマホを開いていただけ

という日もある。

僕にもある。

だからスマホを敵にする必要はない。

ただ、

「今、僕はこれを見たくてスマホを開いているのか?」

とたまに考える。

特に理由がなければ、本を開いてみる。

そのくらいでいい。

一日100ページなら、長編だって意外と早く読める

こうやってスキマ時間を積み重ねていくと、思っている以上にページが進む。

もちろん、本によって読む速さは違う。

文章の密度も違う。

読みやすい小説もあれば、一ページで何度も立ち止まりたくなる小説もある。

だから「誰でも必ず一日100ページ読める」と言うつもりはない。

でも僕の感覚では、通勤や休憩、寝る前などを使っていけば、

一日100ページくらい読める日は普通に作れる。

100ページというと、かなり大きい。

300ページの文庫本なら、

一日目、100ページ。

二日目、200ページ。

三日目、読了。

三日で一冊である。

「長編小説を読む時間なんてない」

と思っていても、三日間ずっと本を読んでいるわけではない。

朝の電車で読む。

休憩中に読む。

帰りの電車で読む。

寝る前に少し読む。

それを三日繰り返しただけ。

一冊を読むための巨大な時間は、どこにも登場していない。

小さな時間を集めたら、一冊になった。

これがスキマ時間読書のおもしろいところだと思う。

仮に100ページまでいかなくてもいい。

一日50ページなら、300ページの本が6日。

一日30ページでも10日。

それでも、一か月あれば何冊か読める。

大事なのは速さではない。

0ページの日を少し減らすこと。

5ページでも、10ページでも進めておけば、ちゃんとゴールには近づいている。

「通勤用の本」を一冊つくっておく

スキマ時間読書を続けるなら、僕は「通勤用の本」を一冊つくっておくのもいいと思う。

ルールは簡単。

その本は、通勤と仕事の休憩中にしか読まない。

家では読まない。

休日にも読まない。

通勤と休憩だけ。

これが意外とおもしろい。

物語がいいところまで進んだ。

続きが気になる。

家に帰っても読みたい。

でも、読まない。

次の通勤まで取っておく。

すると翌日、

「仕事に行かなければならない」

という時間の中に、

「あの本の続きが読める」

が入ってくる。

通勤そのものが楽しいものになるとは言わない。

満員電車が急にテーマパークになるわけでもない。

でも、少しだけ楽しみを置くことはできる。

面白いところで駅に着いてしまったら、

「うわ、ここで終わりか」

と思いながら本を閉じる。

そして帰りの電車、あるいは次の日の通勤で続きを読む。

この感覚が結構好きだ。

通勤を好きになる必要はない。
通勤の中に、好きなものを一つ置けばいい。

本は、その役割にかなり向いている。

スキマ時間用と休日用、本は分けていい

ここで一つ問題がある。

通勤用の本があると、休日にその続きを読みたくなることがある。

でも、僕は別に一冊ずつ読み終えなくてもいいと思っている。

だから、

スキマ時間用の本と、休日にがっつり読む本を分ける。

これでいい。

通勤と休憩ではAという小説。

休日はBという小説。

二冊同時に読んでもいい。

「一冊を読み終えてから次の本を読まなければならない」

なんてルールはない。

自分が混乱しないなら、三冊でもいい。

読書はもっと生活に合わせていいと思う。

休日には、時間を気にせず物語にどっぷり入りたい。

一方、仕事の日には30分ずつ読みたい。

だったら、それぞれに本を用意すればいい。

読書を本に合わせるのではなく、本を生活に合わせる。

僕はこっちの方が好きだ。

「この本を読んでいるから、読み終えるまでは他の本を読んではいけない」

と考えると、読書が妙に窮屈になる。

今日はこっち。

明日はあっち。

通勤ではこれ。

休日はこれ。

それくらい自由でいい。

むしろ場所によって本を分けておくと、

「電車に乗ったらこの本」

という習慣も作りやすくなる。

習慣になってしまえば、かなり強い

そして、スキマ時間読書で一番いい状態は、

習慣になってしまうこと

だと思う。

最初は意識しないといけない。

電車に乗った。

いつもの癖でスマホを取り出す。

そこで、

「あ、今日は本を読もう」

と思い出す。

カバンから本を出す。

最初はこの一手間がある。

でも、それを繰り返していると、

電車に乗る。

本を開く。

休憩に入る。

本を開く。

寝る前。

本を開く。

だんだん、考えなくてもできるようになる。

「今日は何時から読書しよう?」

と予定を立てる必要がない。

通勤と読書がセットになる。

休憩と読書がセットになる。

すると、

「読書する時間を作る」という作業そのものがいらなくなる。

これが大きい。

毎日、「今日は読もうかな、どうしようかな」と判断するのは意外と面倒だ。

疲れている日は、

「今日はいいか」

となる。

でも、

「電車に乗ったら本を開く」

まで決まっていれば、考える必要がない。

もちろん、疲れている日は読まなくていい。

眠ければ寝ればいい。

毎日絶対に守るルールにする必要もない。

ただ、「いつもこの時間には本を読む」という場所が生活の中に一つあるだけで、読書量はかなり変わると思う。

本を読むために、生活を大きく変えなくていい

読書を習慣にしようと思うと、つい大きなことを始めたくなる。

朝活をしよう。

毎朝1時間早く起きよう。

毎日50ページ読もう。

年間100冊読もう。

目標を立てること自体は悪くない。

それで楽しく続けられる人なら、すごくいい。

でも僕は、もっと小さく始めてもいいと思っている。

生活を読書中心に組み替える必要はない。

今までの生活をほとんど変えずに、

本を一冊、その中に差し込む。

それだけ。

通勤する。

そこに本を置く。

休憩する。

そこにも本を置く。

寝る。

その前の10分に本を置く。

休日に時間ができた。

そのときは、別の本をがっつり読む。

読書のために生活を変えるのではなく、

本の置き場所を変える。

これなら続けやすい。

そして続けば、結果としてたくさん読める。

読むのが遅くても、別にいい

「でも、自分は読むのが遅いから」

と思う人もいるかもしれない。

僕も読むのが速い方ではない。

じっくり読む。

気になる文章があれば止まる。

前のページに戻ることもある。

だから一冊に時間がかかることも普通にある。

でも、それでいいと思っている。

スキマ時間読書は、速読するための方法ではない。

少しずつでも本を前に進める方法だ。

5分で2ページしか読めなかった。

いい。

2ページ進んだ。

10分で5ページだった。

いい。

5ページ進んだ。

一週間かかった。

二週間かかった。

それでも読み終えたなら、それでいい。

本は競争ではない。

一冊を三日で読む人もいれば、一か月かける人もいる。

大切なのは、自分が読みたい本を読めたことだと思う。

だから、「スキマ時間しかないから読書できない」ではなく、

スキマ時間しかなくても、読書はできる。

そう考えてみる。

それだけでも、本との距離はかなり近くなる。

最初から「毎日読もう」と思わなくていい

そして、ここまでいろいろ書いてきたけれど、最初から全部やる必要はない。

通勤も読む。

休憩も読む。

寝る前も読む。

休日も読む。

毎日100ページ読む。

そんなことを突然始めたら、たぶん疲れる。

読書が宿題みたいになってしまう。

だから最初は一つでいい。

明日の通勤で、5分だけ読む。

それだけ。

5分読んで、

「今日はもういい」

と思ったら閉じればいい。

面白くてそのまま20分読んだら、それはそれでいい。

最初から「習慣にしなければ」と気負う必要もない。

一回やる。

次の日もできそうなら、もう一回やる。

それを繰り返していたら、いつの間にか習慣になっている。

僕は、習慣というのは最初から立派な形で始めなくてもいいと思う。

最初の一歩さえ踏み出せれば、あとは同じ一歩を繰り返せばいい。

まず、本を一冊カバンに入れてみる

だから、「本を読みたいけど時間がない」と思っている人に、まず何をすればいいかと聞かれたら、僕は難しいことは言わない。

読書計画を作らなくていい。

年間目標もいらない。

読む冊数を決めなくてもいい。

タイマーもいらない。

本を一冊、カバンに入れてみる。

まず、それだけでいい。

できれば、ちょっと続きが気になりそうな本がいい。

明日の朝、電車に乗る。

いつものようにスマホを取り出しそうになったら、

「あ、そういえば本入れてたな」

と思い出す。

取り出す。

開く。

5分読む。

駅に着く。

閉じる。

それで一日目は成功だ。

たった数ページかもしれない。

でも、昨日までは0ページだった。

今日は数ページ進んだ。

次の日も同じことをする。

休憩中にも少し読んでみる。

そのうち、

「あれ、結構進んでるな」

となる。

そして気づけば一冊読み終えている。

そのとき初めて、

「スキマ時間だけでも、意外と読めるな」

と実感できると思う。

「時間ができたら読もう」をやめてみる

「時間ができたら本を読もう」

僕もそう思うことがある。

でも不思議なもので、その「時間」はなかなかやってこない。

仕事が落ち着いたら。

予定がなくなったら。

休日に時間ができたら。

もう少し余裕ができたら。

そう思っているうちに、読みたかった本がずっと本棚に残っている。

だったら、時間ができるのを待たなくてもいい。

一時間なくてもいい。

30分なくてもいい。

10分でもいい。

5分でもいい。

通勤。

休憩。

待ち時間。

寝る前。

一日の中には、小さな時間がいくつもある。

そして、その小さな時間は、一つだけなら本当に小さい。

でも集めれば大きくなる。

5ページが10ページになる。

10ページが50ページになる。

50ページが100ページになる。

やがて一冊になる。

長編だって読み終わる。

それを繰り返せば、読める本はどんどん増えていく。

もちろん、毎日読む必要はない。

疲れた日はスマホを見ればいい。

電車で眠ければ寝ればいい。

休憩中に誰かと話したいなら話せばいい。

読書のために生活を窮屈にする必要はない。

ただ、

なんとなくスマホを触っている10分を、ときどき本に変えてみる。

通勤時間に、好きな小説を一冊置いてみる。

休日用とは別に、スキマ時間用の本を持ってみる。

それくらいでいい。

そして、それが習慣になったら最高だ。

「読書しなきゃ」と思わなくても、電車に乗れば自然に本を開く。

休憩になれば続きを読む。

読書が特別な予定ではなく、生活の一部になる。

そうなれば、忙しくても本は読める。

読むのが遅くても大丈夫だ。

一日100ページ読める日もあれば、10ページしか読めない日もある。

0ページの日だってある。

それでもいい。

次の日、また開けばいい。

読書時間は、どこか遠くから新しく持ってくるものではない。

案外、もう生活の中にある。

僕たちが気づかず、スマホを眺めながら通り過ぎているだけなのかもしれない。

だから、

「時間ができたら本を読もう」ではなく、「今ある時間に本を置いてみる」。

まずは明日読む本を、一冊カバンに入れてみる。

とりあえず最初の一歩。

これさえできれば、大丈夫だ。

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