家を出た。
手には、でかい荷物を持っている。
別に家出をするわけではない。
旅行に行くわけでもない。
ましてや、何かを運び出しているわけでもない。
そう、ランドリーに行くのだ。
僕は洗濯物を結構溜めてから、一気にランドリーへ持っていく。
毎日こまめに洗濯するような丁寧な暮らしはしていない。
溜める。
まだいける。
もう少しいける。
そろそろまずい。
よし、洗おう。
だいたいそんな感じである。
だから、ランドリーへ向かうときの荷物は自然と大きくなる。
今日もそうだった。
何日分かの服やらタオルやら下着やらを大きな袋に詰める。
小銭を持つ。
家を出る。
ただ、それだけ。
実に平和である。
ランドリーへ行って、洗濯機に放り込む。
乾いたら持って帰る。
今日の予定なんて、それくらいだ。
平和な日常を謳歌していただけなのに。
家を出て、まだほとんど歩いていない。
そこへパトカーがやってきた。
そして、止まった。
警察官が僕に声をかける。
「ちょっと乗ってくれる?」
んんんん?
乗る?
何に?
いや、目の前にはパトカーしかない。
「中で話聞きますわ」
んんん?
僕はランドリーに行こうとしている。
ただ、それだけだ。
なのに、なぜパトカーに乗る必要がある。
家を出て、まだ数十秒。
今日の予定は、
家。
ランドリー。
家。
以上。
実にシンプルだった。
それが突然、
家。
パトカー。
ランドリー。
家。
になった。
予定にないものが、一つだけ強すぎる。
家を出た瞬間、僕は何をした
とりあえず言われるまま、話を聞かれることになった。
僕は考える。
何かやっただろうか。
記憶をたどる。
こういうとき、人間は不思議なものである。
何もしていないはずなのに、警察官に声をかけられた瞬間、
「僕、何かしたっけ?」
と考えてしまう。
何もしていない。
その自信はある。
それなのに記憶を検索する。
昨日。
一昨日。
最近、何かあったか。
信号無視でもしたか。
誰かと揉めたか。
何もない。
どう考えても何も出てこない。
つい数十秒前まで、僕は自分が警察官に話を聞かれる人間だなんて一ミリも思っていなかった。
家を出ただけなのだ。
玄関を開けた。
外に出た。
歩き始めた。
それだけである。
僕の記憶をどれだけ遡っても、直近の行動は、
家を出た。
これしかない。
家を出ることは、まだ犯罪ではなかったはずだ。
では、何だ。
僕は自分の手元を見る。
大きな袋。
……これか?
一番怪しいのは、この洗濯物だ
確かに手にはでかい荷物を持っている。
自分では見慣れているから何とも思わない。
しかし、事情を知らない人から見れば、何が入っているのか分からない大きな袋である。
もしかして。
爆弾だと思われたか。
いや。
汚いパンツだ。
ある意味、爆弾か。
僕は洗濯物を結構溜めてからランドリーへ行く。
だから今日も、袋にはなかなかの量が入っている。
シャツ。
ズボン。
靴下。
タオル。
そしてパンツ。
パンツも5枚くらい入っている。
5枚。
別に珍しい数字ではない。
しかしパトカーの中で改めて「パンツ5枚」と考えると、なぜか少しだけ罪深い数字に思えてくる。
もしかして、量か。
洗濯物を溜めすぎたのか。
警察はそこまで市民の洗濯事情を見ているのだろうか。
いや、そんなわけがない。
じゃあ、臭いか。
臭いのか。
僕には分からない。
自分の臭いには自分では気づきにくいという。
もしかして、この袋から何かが漏れ出しているのだろうか。
まさかこれは、
おパンツ、汚臭事件なのか。
だとすれば、犯人は僕である。
いや。
正確には僕のおパンツである。
しかし待ってほしい。
僕は今、それを洗いに行こうとしていたのだ。
汚れたものを綺麗にしようとしている。
むしろ事件を解決しに向かっている。
証拠隠滅ではない。
洗濯だ。
僕は犯人ではない。
解決に向かう途中だった。
「何か確認できるものある?」
そんな僕の頭の中のおパンツ汚臭事件など知るはずもなく、警察官は普通に質問を始めた。
「何か確認できるものある?」
確認できるもの。
おそらく身分証のことだろう。
僕が僕であることを証明できるもの。
免許証。
保険証。
何かそういうもの。
僕はポケットを見る。
ない。
「いや、ないです」
本当にない。
財布らしい財布すら持ってきていない。
あるのは小銭くらいだ。
なぜならランドリーへ行くだけだから。
家の近所である。
洗濯物を洗って帰るだけなのに、わざわざ身分証を持っていこうなんて考えない。
必要なのは小銭だ。
しかし。
警察官から見た僕を想像する。
大きな謎の袋。
身分証なし。
所持金、小銭。
……怪しい。
ちょっと待て。
僕、結構怪しいな。
ついさっきまで、
「なんで僕が?」
と思っていたのに、少しずつ自信がなくなってきた。
でも、ちゃんと全部説明できる。
大きな荷物を持っている。
ランドリーに行くから。
身分証がない。
近所のランドリーに行くだけだから。
小銭しかない。
ランドリーで使うから。
全部ランドリーで説明がつく。
僕の行動には一切の無駄がない。
洗濯に必要なものだけを持って家を出た、非常に効率的な人間だ。
ただ、その効率性によって、
身元不明、小銭のみ、大荷物の男
が完成してしまった。
「平日のお昼に?」
さらに質問は続く。
「なんで? 平日のお昼に?」
「お仕事は何を?」
なるほど。
平日の昼間に歩いていることも気になるらしい。
「普通の会社員です。夜勤があるので」
そう答えた。
普通の会社員。
自分から「普通」を名乗った。
だが、現在の僕を見てみよう。
平日の昼間。
大きな袋。
身分証なし。
所持金は小銭。
そしてパトカーの中。
普通が弱い。
でも本当に普通なのだ。
夜勤がある。
だから昼間に家にいる。
昼間に洗濯へ行く。
それだけ。
僕の中ではすべてつながっている。
しかし警察官は僕の生活を知らない。
だから聞いている。
分かる。
分かるのだが。
僕は洗濯をしに行くだけだった。
なぜ今、自分の労働形態について説明しているのだろう。
家もそこ。ランドリーもそこ
「家は? どこ?」
今度は家である。
「そこです」
「そこ?」
「目の前です」
警察官が見る。
目の前である。
説明するほどの距離ではない。
なんなら指を差せば終わる。
僕は本当に家を出た瞬間だったのだ。
自宅の目の前で、
「どこに住んでいる?」
と聞かれて、
「ここです」
と答えている。
身分証はない。
しかし、身分証が置いてある家は目の前にある。
惜しい。
そんなことを考えていると、次の質問が来た。
「ランドリーって、どこの?」
ランドリーまで確認するのか。
「そこです。そこ」
また、そこ。
家もそこ。
ランドリーもそこ。
僕の世界はだいたいそこにある。
今日の僕の移動距離なんて、本当に大したことはない。
家を出て、近所のランドリーへ行って、帰ってくる。
僕のおパンツも、ほんの小旅行をするだけだった。
それなのに、その途中にパトカーが現れた。
僕は洗濯をするために家を出ただけなのに、
職業。
勤務形態。
住所。
行き先。
身分証の有無。
次々と僕という人間のプロフィールが埋まっていく。
ランドリーへ行くのに必要だったのは、洗濯物と小銭だけだったはずだ。
「持ってる荷物、ポケット、全部出して」
そして警察官が言った。
「持ってる荷物、ポケット、全部出して」
全部。
分かった。
ここまで来たら出そう。
ポケットの中身を出す。
小銭。
ほぼそれだけ。
怪しいものなんて出てこない。
当然だ。
そして僕は、手に持っていたランドリーバッグにも手をかけた。
これも全部出すのだろう。
正直、嫌だ。
できれば見られたくない。
犯罪につながるものが入っているわけではない。
もっと個人的な理由で見られたくない。
汚いパンツが入っている。
しかも一枚ではない。
5枚くらいある。
でも仕方がない。
「全部出して」と言われた。
全部なのだ。
僕は覚悟を決めた。
今日ここで、僕のパンツは警察官の前に晒される。
シャツ。
靴下。
タオル。
パンツ。
パンツ。
パンツ。
パンツ。
パンツ。
いいだろう。
見てくれ。
僕には何もやましいことはない。
パンツは汚いかもしれない。
しかし、心は潔白だ。
僕はランドリーバッグを開けようとした。
すると警察官が言った。
「ああ、それはいいわ!」
んんん??
おい。
何でいいんだ。
これが一番怪しいだろう。
こんなにでかい袋を持って歩いているんだぞ。
中身が見えない。
身分証も持っていない男が、大きな袋を抱えている。
普通なら一番確認したくなるところじゃないのか。
ポケットの小銭を確認して、この巨大な袋はいいのか。
それとも。
もう分かったのか。
臭いか。
臭いのか?
おい!
ここまできたら見てくれ。僕のパンツを。
僕はもう覚悟を決めている。
さっきまでは嫌だった。
絶対に見られたくなかった。
しかし「ああ、それはいいわ!」と言われた瞬間、気持ちが変わった。
見てほしい。
むしろ見てくれ。
僕は羞恥心を捨てたのだ。
一度捨てた羞恥心を、そんな簡単に拾わせないでほしい。
僕のおパンツには、捜査する価値すらないのだろうか。
少し寂しい。
僕の心も洗ってくれたらいいのに
結局、そのあと特に何かが起こることもなく、僕は解放された。
逮捕されるわけでもない。
何か注意されるわけでもない。
ただ話を聞かれ、持ち物を確認され、
「ああ、それはいいわ!」
と言われて終わった。
僕はパトカーを離れた。
そして、当初の予定通りランドリーへ向かった。
そこです。
本当にそこ。
洗濯物を放り込む。
シャツ。
靴下。
タオル。
そして、警察官に見てもらえなかったパンツたち。
5枚。
お金を入れる。
洗濯機が動き出す。
グルグル。
グルグル。
僕のおパンツたちが回っている。
さっきまで事件性を疑っていた僕のパンツが、何事もなかったかのように洗われている。
汚れが落ちる。
臭いも落ちる。
綺麗になっていく。
僕はそれを眺めながら思った。
僕の心も洗ってくれたらいいのに。
パンツはどんどん綺麗になる。
しかし僕の心には、
「ああ、それはいいわ!」
が残っている。
なぜ見なかった。
ここまで来たのに。
僕は覚悟したのに。
とはいえ、何もなかった。
洗濯もできた。
僕は無事だ。
パンツも綺麗になった。
僕は解放された。
ただ、少し傷ついた。
だけだった。
それにしても、なんだったんだ
洗濯機が回るのを眺めながら、改めて考えた。
なんだったんだ、あれは。
こんなことあるのか。
何より気になるのは、タイミングである。
家を出た瞬間だった。
僕が家を出る。
ほぼ同時にパトカー。
声をかけられる。
偶然だろう。
おそらく、たまたま通りかかったのだ。
でも、あまりにも早い。
もしかすると、この辺りで何か事件があったのだろうか。
僕くらいの年齢の男性だったのか。
服装が似ていたのか。
大きな荷物を持っていたのか。
それとも。
僕自身が以前から怪しい人物としてマークされていたのだろうか。
考えてみる。
マークされるようなことをした記憶はない。
まさか。
僕は以前から、
パンツマン
としてマークされていたのだろうか。
「パンツマンが動いた」
「了解」
「今日は袋がでかい」
「追え」
そして家を出た瞬間、
「今だ」
だったのだろうか。
しかし、その説には大きな矛盾がある。
なぜパンツを見なかった。
パンツマンを追跡しておいて、
「ああ、それはいいわ!」
では終われないだろう。
そこが本丸だ。
やはりパンツマン説は違うらしい。
本当に警察官だったのか
そうなると、別の疑問が出てきた。
あの人たちは、本当に警察官だったのだろうか。
いや。
制服は着ていた。
パトカーにも乗っていた。
かなり警察官ではある。
普通に考えれば警察官だ。
でも、あまりにも出来事がよく分からない。
家を出た瞬間に声をかけられる。
パトカーの中で話を聞かれる。
仕事を聞かれる。
家を聞かれる。
ランドリーを聞かれる。
ポケットの中身を出す。
一番でかい袋を見せようとしたら、
「ああ、それはいいわ!」
そして解放。
なんだったんだ。
急に不安になった。
パトカーに乗って職質されるなんて、本当にあるのだろうか。
気になって調べてみた。
すると、稀にこういうことはあるらしい。
そうか。
よかった。
ちゃんと警察官だった。
……いや。
何に安心しているんだ。
職質された側なのに、「本物でよかった」と安心している。
人間、よく分からない経験をすると、安心する場所までおかしくなるらしい。
よく考えると、僕はよく職質される
そして、さらに考えていて気づいた。
今回だけではない。
僕はよく職質される。
そうだ。
これが初めてではない。
警察官に声をかけられること自体、僕にとってそこまで珍しい出来事ではない。
そのたびに思う。
なぜ僕なんだ。
僕は普通に歩いているだけなのに。
何も悪いことをしていないのに。
世の中には、もっと怪しい人がいるだろう。
なぜ、その中から僕を選ぶ。
今回だってそうだ。
僕はランドリーへ向かっていただけである。
洗濯物を洗う。
ただそれだけ。
なのに家を出た瞬間、パトカーである。
僕には警察官にしか見えない何かが出ているのだろうか。
そこで初めて、ちゃんと考えてみることにした。
なぜ僕は、よく職質されるのか。
まず、服装が結構派手だ
一つ目。
服装。
僕は結構派手な服を着る。
キャラクターTシャツなんて着ちゃう。
別にいいだろう。
僕は好きだ。
かわいい。
キャラクターTシャツを着ているからといって、何か悪いことをしているわけではない。
キャラクターにも僕にも罪はない。
ただ。
目立つか、目立たないか。
そう聞かれると、多少は目立つのかもしれない。
街中を見れば、黒や白や紺、落ち着いた色の服を着ている人が多い。
そんな中を、キャラクターを胸に背負ったおっさんが歩いている。
別に怪しくはない。
ただ、視界には入る。
警察官が街を見渡したとき、
「あの人、何だろう」
くらいには思うかもしれない。
いや、何でもない。
ただのキャラクター好きのおっさんだ。
歩き方も、たぶんおかしい
次に歩き方。
よく考えると、僕はまっすぐしっかりとは歩いていない気がする。
別に酔っているわけではない。
街並みを見るのが好きなのだ。
歩いていると、結構キョロキョロする。
店を見る。
看板を見る。
建物を見る。
細い道を見る。
「あんなところに店あったんだ」
「この建物、面白いな」
「この道どこにつながってるんだろう」
そんなことを考えている。
僕にとって街は、目的地へ行くためだけの通路ではない。
歩いている途中も楽しい。
だから前だけを見て一直線には歩かない。
右を見る。
左を見る。
たまに後ろも見る。
本人の頭の中は極めて平和である。
「あの店なんだろう」
それだけだ。
しかし。
少し離れたところから僕を見てみる。
派手なキャラクターTシャツを着たおっさんが、一人で歩いている。
右を見る。
左を見る。
後ろを見る。
周囲をキョロキョロ確認している。
……。
お前、気をつけろよ。
僕の中では散歩。
外から見れば、挙動がおかしい。
警察を見ると、違う道に入る
そして。
たぶん、これがかなりよくない。
僕は警察官やパトカーを見ると、違う道に入ってしまうことがある。
なぜか。
簡単だ。
職質されたくないから。
僕はよく職質される。
だから警察官を見つけると、
「ああ、また声をかけられたら面倒だな」
と思う。
だったら違う道へ行こう。
僕の中では、それだけ。
悪いことをしたから逃げているわけではない。
職質が面倒だから避けている。
ただ。
これも警察官側から見てみよう。
派手なキャラクターTシャツを着たおっさんがいる。
さっきからキョロキョロしている。
こちらを見る。
警察官を発見する。
次の瞬間。
道を変える。
……。
おい。
僕。
お前、気をつけろよ。
それは怪しい。
少なくとも「なんで今曲がった?」くらいは思うかもしれない。
職質されたくない。
だから警察を避ける。
警察を避ける。
ちょっと怪しく見える。
怪しく見える。
職質される。
職質される。
次からもっと警察を避ける。
そしてまた職質される。
職質永久機関である。
僕は職質から逃げているつもりで、自分から職質に近づいていたのかもしれない。
平日の昼間か、夜中によく歩いている
まだある。
僕が外を歩いている時間帯。
平日の昼間。
あるいは夜中。
このどちらかが結構多い。
理由は夜勤である。
僕にとっては普通だ。
世間の多くの人が働いている昼間に休みの日がある。
夜中に移動することもある。
何もおかしくない。
生活リズムが少し違うだけだ。
でも、警察官はそんなことを知らない。
僕の勤務表を持っているわけではない。
向こうから見えるのは、
平日の昼間に一人で歩いている男。
あるいは、
夜中に一人で歩いている男。
そして、その男はキャラクターTシャツを着ている。
キョロキョロしている。
まっすぐ歩かない。
警察官を見ると、たまに道を変える。
今回に至っては、巨大な袋まで持っている。
改めて全部を並べてみる。
平日の昼間。
キャラクターTシャツ。
大きな袋。
キョロキョロ。
少し変な歩き方。
警察を見たら進路変更。
冷静に見ると、
挙動のおかしいキャラクターTシャツを着たおっさんだ。
……。
なるほど。
「もっと怪しい人物がいるだろう」と思っていた
僕はこれまで職質されるたびに思っていた。
おい、警察よ。もっと怪しい人物がいるだろう。
なぜ僕なんだ。
こんなに人が歩いている。
その中から、なぜ僕を選ぶ。
僕は何もしていない。
ただ歩いているだけだ。
もっといるだろう。
ずっとそう思っていた。
でも今回、自分の服装や歩き方や生活時間を、一つずつ冷静に振り返ってみた。
派手なキャラクターTシャツ。
街並みを見るためにキョロキョロ。
前だけを見て歩かない。
平日の昼間や夜中に出没。
そして警察を見つけると、職質を避けるために進路変更。
僕はずっと、
「もっと怪しい人物がいるだろう」
と思っていた。
もっと怪しい人物。
探す必要なんてなかった。
目の前にいた。
そう、僕だ。
なんで今まで気づかなかったのだろう。
僕が警察官でも、ちょっと気になる。
「あのおっさん、さっきから何してるんだ?」
くらいには思う。
なるほど。
日本の警察官は優秀だ。
最高の仕事をしている。
今まで少しだけ、
「なんで僕なんだよ」
と思っていた。
申し訳ない。
ちゃんと見ていたのだ。
街を。
そして僕を。
いっそ僕から赴いた方がいい
ここまで考えると、いっそのこと定期的に僕から交番へ赴いた方がいいのかもしれない。
毎回、警察官に街中で僕を発見してもらうのも申し訳ない。
月に一回くらい僕から行く。
「こんにちは。今月の僕です」
定期報告である。
「今月も特に何もしていません」
「仕事は普通の会社員です」
「夜勤があります」
「キョロキョロしていますが、街並みを見ています」
「警察官を見て道を変えることがありますが、職質が面倒なだけです」
「家はそこです」
「ランドリーもそこです」
「今日はパンツは持っていません」
以上。
今月の僕。
異常なし。
これなら警察官も楽だろう。
僕も突然パトカーに乗らなくて済む。
ただ。
よく考える。
何もしていない男が毎月自主的に交番へやってきて、
「今月も何もしていません」
と報告する。
……。
今まで以上に怪しい。
やめておこう。
僕はこれからも、たぶん職質される
結局、僕はこれからもキャラクターTシャツを着ると思う。
好きだから。
街を歩けば、これからもキョロキョロする。
街並みを見るのが好きだから。
平日の昼間や夜中にも歩く。
夜勤があるから仕方がない。
そこを変えるつもりもない。
警察官を見たら道を変える癖だけは、少し気をつけた方がいい。
それだけは本当に、
お前、気をつけろよ。
と思う。
でも、たぶんまたいつか職質される。
「ちょっといいですか」
と声をかけられる。
そのとき僕はまた、
「なんで僕なんだ」
と思うかもしれない。
でも、今回ほどは不思議に思わないだろう。
僕の中では、ただ街並みを楽しみながら歩いているだけ。
僕の中では、ただ夜勤の生活リズムで外にいるだけ。
僕の中では、ただ職質が面倒だから警察を避けているだけ。
僕の中では、ただランドリーへ向かっているだけ。
でも、それらを全部外から眺めると、
平日の昼間に、
キャラクターTシャツを着て、
巨大な袋を持ち、
キョロキョロしながら歩き、
警察官を見たら道を変えるおっさんになる。
同じ僕である。
何も悪いことはしていない。
ただ、
少し挙動がおかしい。
そう考えると、今まで職質してきた警察官たちに対する見方まで少し変わった。
「もっと怪しい人がいるだろう」
ではなかった。
ちゃんと見つけていた。
目の前にいた。
そう、僕だ。
だから、これからも僕を見かけて、
「なんかおかしいな」
と思ったら、どうぞ声をかけてください。
街の平和のためである。
僕でよければ、いつでもお声がけください。
仕事も答える。
家も答える。
ランドリーの場所も答える。
ポケットの中身だって見せよう。
そして次こそは。
もし大きなランドリーバッグを持っていたら、
「ああ、それはいいわ!」
なんて言わないでほしい。
一度くらい見てほしい。
僕だって覚悟がある。
パンツ5枚くらいなら、いつでも出せる。
いや。
やっぱりできれば見ないでほしい。
どっちなんだ。
まあいい。
とにかく。
日本の警察官は優秀だ。
最高の仕事をしている。
僕もこれから、なるべく怪しくないように歩こう。
できるかどうかは分からない。
たぶんキャラクターTシャツを着て、明日もキョロキョロしている。
だからまた会うこともあるだろう。
そのときは、よろしくお願いします。
街の平和のため、いつでも職質してください。
必要であれば、僕から定期的に赴くことも検討します。
いや、それは怪しいからやめておきます。
それでは。
警察官の皆さん、今後とも末長くよろしくお願いします。
