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夜行バスが好き。あのワクワク感はなんなのか。

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僕は、夜行バスが好きだ。

快適だからではない。

むしろ、快適かどうかでいえば、かなり怪しい。

座席は狭い。

ずっと同じ姿勢で座っていると腰が痛くなる。

寝たと思ったら目が覚める。

首の角度が決まらない。

右に倒す。

違う。

左に倒す。

これも違う。

少し座席を倒してみる。

まだ違う。

ようやく眠れそうだと思ったころに、サービスエリアに着いたりする。

朝起きたら、身体のどこかがおかしい。

首が痛い。

腰が痛い。

なんだったら、ちゃんと寝たはずなのに眠い。

冷静に考えると、もっと快適な移動手段はいくらでもある。

大阪から東京へ行くなら、新幹線に乗ればいい。

速い。

座席も広い。

昼間なら景色も見える。

駅から駅へ、そのまま行ける。

数時間後には東京だ。

便利だ。

圧倒的に便利だ。

別に僕だって、新幹線に乗れないわけではない。

新幹線代を払ったら、明日からご飯が食べられなくなるわけでもない。

普通に乗れる。

それでも、ときどき夜行バスに乗りたくなる。

夜行バスの予約画面を開く。

出発時刻を見る。

23時。

到着予定時刻、翌朝7時。

所要時間、約8時間。

長い。

めちゃくちゃ長い。

新幹線ならとっくに着いている。

なのに、その数字を見ていると、

なんだかワクワクする。

あれは一体、なんなのだろう。


目次

旅は、夜から始まる

夜行バスに乗る日は、昼間から少し違う。

まだ家にいる。

まだ何も始まっていない。

それなのに、

「今日の夜、出発する」

と思うだけで、なんとなく落ち着かない。

荷物を確認する。

財布。

スマホ。

充電器。

イヤホン。

着替え。

歯ブラシ。

何度も確認するほどのものでもないのに、また見る。

そして夜になる。

家を出る。

ここからが好きだ。

街はもう、一日を終えようとしている。

仕事を終えた人が駅へ向かっている。

飲食店から人が出てくる。

家へ帰る人がいる。

電車に乗っても、周りの人たちはだいたい「帰る人」だ。

今日という一日を終えて、自分の家へ向かっている。

でも僕は違う。

僕だけ、これから始まる。

もちろん本当に僕だけではない。

夜行バスに乗る人なんてたくさんいる。

夜勤へ向かっている人だっている。

でも、気分としてはそうなのだ。

みんなが家へ帰っていく時間に、大きな荷物を持って逆方向へ進んでいる。

これだけで、少し日常から外れた感じがする。

昼間の旅行とは違う。

朝早く家を出て新幹線に乗るのも楽しい。

でも夜行バスには、

一日が終わる時間から、もう一つの一日を始める

ような感覚がある。

夜の街を歩きながら、

「今から東京へ行くのか」

と思う。

まだ大阪にいる。

目的地は何百キロも先だ。

明日の朝には、そこにいる。

この時点で、もう楽しい。


夜のバスターミナルが好きだ

夜のバスターミナルには独特の雰囲気がある。

昼間の駅とは違う。

大きな荷物を持った人たちがいる。

キャリーケース。

リュック。

ボストンバッグ。

みんな、これからどこかへ行く。

東京。

名古屋。

福岡。

広島。

金沢。

行き先が違う。

目的も違う。

旅行かもしれない。

仕事かもしれない。

実家へ帰るのかもしれない。

ライブを見に行くのかもしれない。

誰かに会いに行くのかもしれない。

僕には分からない。

でも、みんな共通して、

今夜ここを出て、明日の朝には別の街にいる。

それがなんとなくいい。

バスが入ってくる。

大きい。

行き先が表示されている。

東京。

ただ「東京」と書いてあるだけなのに、少しテンションが上がる。

いや、東京なんて何度も行っている。

珍しくもない。

新幹線なら簡単に行ける。

それなのに夜のバスターミナルで「東京」と書かれたバスを見ると、

こいつ、本当に東京まで走るんだ

と思う。

当たり前だ。

そのためのバスだ。

でも、なんかすごい。

今ここにある巨大な車が、夜通し高速道路を走って、朝には東京にいる。

そして僕もその中にいる。

それだけでワクワクする。


なぜかコンビニに寄りたくなる

夜行バスに乗る前は、なぜかコンビニにも寄りたくなる。

飲み物を買う。

これは分かる。

必要だ。

でも、それだけでは終わらない。

お菓子を見る。

パンを見る。

チョコレートを見る。

なんならグミも見る。

別にそんなに食べない。

バスに乗ったら、ほとんど寝る予定だ。

深夜にポテトチップスをバリバリ食べるわけにもいかない。

それなのに、なぜか何か買いたくなる。

「これもいるかな」

「一応買っとくか」

何の「一応」なんだ。

東京までの道中で遭難するわけではない。

途中にはサービスエリアもある。

朝になればコンビニもある。

それでも飲み物とちょっとした食べ物を買ってしまう。

遠足か。

学生のころ、遠足の前日にお菓子を買った感覚に少し似ている。

必要だから買うのではない。

買うこと自体が、イベントの一部なのだ。

夜のコンビニで飲み物を選んでいる時点で、僕の中ではもう旅行が始まっている。


座席番号を探すだけで楽しい

バスに乗り込む。

予約画面を見ながら座席番号を探す。

「7B」

どこだ。

前から数える。

あった。

荷物を置く。

座る。

充電できるか確認する。

座席を少し倒す。

カーテンを見る。

足元を見る。

これから何時間もここにいる。

ただの座席だ。

ホテルでもない。

個室でもない。

豪華な空間でもない。

むしろ狭い。

でも、

今夜はここが僕の部屋になる。

そう考えると、ちょっと秘密基地みたいで楽しい。

必要なものは全部手の届くところに置く。

スマホ。

飲み物。

イヤホン。

小さな荷物。

これで準備完了。

あとは運ばれるだけだ。

自分で運転する必要もない。

道を調べる必要もない。

僕は座っているだけ。

そのうち寝る。

それでも、朝になれば目的地へ着いている。

考えてみれば、すごい。


出発する瞬間が一番好きなのかもしれない

時間になる。

扉が閉まる。

バスが動き出す。

この瞬間が好きだ。

さっきまで自分が立っていたバスターミナルが、窓の外へ流れていく。

街の中を走る。

信号で止まる。

まだ見慣れた景色だ。

コンビニがある。

飲食店がある。

駅がある。

普通の街だ。

でも少しずつ遠ざかっていく。

高速道路へ入る。

街の光が変わる。

車の流れも変わる。

「あ、本当に行くんだ」

と思う。

新幹線にも出発する瞬間はある。

飛行機にもある。

でも夜行バスは、日常から離れていく速度がゆっくりだ。

だからいい。

さっきまでいた街を、自分の目で少しずつ離れていく。

日常から旅行へ切り替わる途中が見える。

これが好きなのかもしれない。


新幹線なら、もう着いている

夜行バスは遅い。

本当に遅い。

大阪から東京まで何時間もかかる。

新幹線なら数時間だ。

夜行バスなら、まだまだ着かない。

出発して一時間。

まだ着かない。

二時間。

もちろん着かない。

途中で寝る。

目が覚める。

スマホを見る。

午前1時半。

まだ着かない。

また寝る。

起きる。

午前3時。

まだ着かない。

普通ならデメリットだ。

移動なんて短い方がいい。

同じ場所へ行くなら、早く着いた方がいい。

僕たちは普段、そういうものにお金を払っている。

速い。

便利。

待たなくていい。

時間を短縮できる。

それが価値になる。

だから新幹線は素晴らしい。

僕も普通に使う。

なのに夜行バスでは、

なかなか着かないことが、なぜか嬉しい。

これは不思議だ。


無駄に長くかかるからこそ、いい

たぶん僕は、夜行バスに乗るときだけ、

早く着きたいと思っていない。

もちろん最終的には着いてほしい。

東京へ行くつもりだったのに、朝になっても滋賀県を走っていたら困る。

でも、できるだけ早く着きたいわけではない。

むしろ、

「まだ着かなくていい」

とすら思う。

夜の高速道路を走る。

サービスエリアに止まる。

また走る。

寝る。

起きる。

まだ走っている。

その全部が旅行だからだ。

新幹線なら、大阪と東京がかなり近くなる。

便利だ。

距離を縮めてくれる。

夜行バスは逆だ。

大阪と東京の遠さを、ちゃんと感じさせてくれる。

ここから東京まで、こんなにあるんだ。

何時間も走らないと着かないんだ。

その「遠さ」が楽しい。

目的地へ一瞬で運ばれるのではなく、

「今、遠くへ行っている」

という時間が長く続く。

だからワクワクも長く続く。


新幹線は点と点。夜行バスには、その間がある

新幹線で東京へ行く。

大阪を出る。

しばらく乗る。

東京へ着く。

もちろん途中の景色はある。

京都も通る。

名古屋も通る。

富士山が見えることもある。

でも僕の感覚では、かなり「大阪」と「東京」だ。

二つの点を高速で結んでくれる。

夜行バスは違う。

大阪を出る。

高速道路に入る。

どこかを走る。

サービスエリアに止まる。

また走る。

県境を越える。

夜が深くなる。

寝る。

知らない場所で目が覚める。

また走る。

空が明るくなる。

そして東京へ着く。

大阪と東京の「間」がある。

この「間」が好きなのだと思う。

目的地だけが旅ではない。

そこへ向かっている時間も旅だ。

夜行バスは、それを嫌というほど感じさせてくれる。

なにしろ長い。

無駄に長い。

でも、その無駄がいい。

効率だけを考えれば、削ってしまいたい時間。

僕はその時間を、わざわざ買っている。


深夜のサービスエリアは、少し世界がおかしい

そして夜行バスといえば、深夜のサービスエリアだ。

これも好きだ。

午前1時。

午前2時。

場合によっては午前3時。

普段なら寝ている時間だ。

バスが止まる。

車内灯がつく。

休憩。

外へ出る。

寒い。

あるいは夏なら、夜なのに少し蒸し暑い。

周りを見る。

知らない場所だ。

ここが何県なのか、一瞬分からないこともある。

自販機だけがやたら明るい。

トイレも明るい。

大型トラックが止まっている。

眠そうな人たちが無言で歩いている。

誰も元気ではない。

そりゃそうだ。

午前2時だ。

でも僕は、ちょっと楽しい。

なんなんだ、この時間。

昼間に同じサービスエリアへ来ても、たぶんここまでワクワクしない。

店があって、人がいて、車がたくさん止まっている。

普通のサービスエリアだ。

でも深夜になると、急に別の場所になる。

世界の営業時間が終わったあとに、自分たちだけ動いているような感じがする。

みんなが寝ている時間に、僕は知らない県のサービスエリアにいる。

それだけで少し面白い。


「今どこ?」が楽しい

バスに戻る。

また走り出す。

しばらくしてスマホを見る。

Googleマップを開く。

現在地を見る。

「え、もうこんなところまで来たんや」

ちょっと嬉しい。

別に自分で歩いてきたわけではない。

運転もしていない。

僕は座っていただけだ。

半分寝ていただけだ。

それなのに、

自分が遠くまで来たような達成感がある。

お前は何もしていない。

バスが頑張っただけだ。

運転手さんが頑張っている。

僕は寝ている。

それでも現在地の青い点が大阪からどんどん離れていくと、嬉しい。

「進んでる、進んでる」

何目線なんだ。


寝ているのに、目的地へ近づいている

夜行バスの面白さは、これもある。

寝ているのに移動している。

当たり前だけど、不思議だ。

布団で寝たら、朝起きても同じ場所にいる。

当然だ。

昨日大阪で寝たら、今日も大阪だ。

でも夜行バスは違う。

大阪で目を閉じる。

寝る。

その間にもバスは走っている。

僕は何もしていない。

寝返りすら満足に打てていない。

なのに東京へ近づいている。

睡眠と移動を同時に処理している。

ものすごく仕事のできる人みたいだ。

「移動時間を有効活用しています」

と言いたくなる。

実際には首を変な角度にして寝ているだけなのだが。

それでも、眠っている間に何百キロも進む感覚は面白い。


そして朝が来る

何度目かに目を覚ます。

なんとなく明るい。

車内はまだ静かだ。

カーテンの隙間から光が入っている。

夜が終わりかけている。

少しだけ外を見る。

知らない景色が流れている。

ここが好きだ。

昨夜、僕は大阪にいた。

いつもの街からバスに乗った。

夜だった。

それが今は朝で、

知らない街を走っている。

自分が寝ている間にも、世界はずっと動いていた。

大阪はもう遠い。

目的地が近づいている。

この感覚は、新幹線ではなかなか味わえない。

新幹線なら、乗っている間ずっと同じ一日の中にいる。

昼に乗って、昼に着く。

夜に乗って、夜に着く。

でも夜行バスは、

夜と朝をまたぐ。

場所だけではなく、時間まで移動する。

夜の大阪から、朝の東京へ。

この変化が大きい。


朝の知らない街に放り出される

そして到着する。

朝6時。

7時。

早い。

めちゃくちゃ早い。

バスを降りる。

眠い。

首が痛い。

髪もたぶん変だ。

顔も若干むくんでいる。

まだホテルには入れない。

店もそんなに開いていない。

旅行として考えたら、かなり不便だ。

「さて、どうしよう」

となる。

でも、それも嫌いではない。

コンビニへ行く。

コーヒーを買う。

知らない街を歩く。

人が少ない。

店のシャッターが閉まっている。

街がまだ完全には起きていない。

でも僕はもうそこにいる。

朝7時なのに、すでにかなり旅をした気分だ。

実際には、ほとんど寝ていただけなのに。

一日が長い。

これから丸一日ある。

得した気分になる。


しかも、安い

そして夜行バスには、もう一つ大きな魅力がある。

安い。

もちろん時期や路線による。

繁忙期なら高くなることもある。

でも新幹線と比べると、かなり安く移動できることがある。

予約画面を見て、

「この値段で東京まで行けるん?」

と思う。

これもワクワクする。

ただ、最近考える。

僕は単純に、

お金が浮いて嬉しいだけなのだろうか。

もちろん、それもある。

安いに越したことはない。

浮いたお金でご飯を食べられる。

本も買える。

別のことに使える。

でも、それだけではない気がする。


別に、新幹線でも行ける

学生のころなら分かる。

お金がない。

新幹線は高い。

だから夜行バス。

これは合理的だ。

選択肢が限られている。

少しでも交通費を安くしたい。

ホテル代も浮かせたい。

そうやって旅行する。

でも今は、

別に新幹線でも行ける。

新幹線に乗ったからといって生活が破綻するわけではない。

ホテルに泊まることだってできる。

必要なら、そうする。

それでも夜行バスを選ぶことがある。

なぜだろう。

たぶん僕は、

節約して旅をしている、あの感じ自体が好きなのだ。


少しだけ、学生のころに戻る

夜行バスを予約する。

「安く取れた」

と思う。

ホテル代も一泊分浮いた。

コンビニで飲み物を買う。

夜のバスターミナルで待つ。

狭い座席に座る。

なんだか学生の旅行みたいだ。

学生のころは、お金がなかった。

だから工夫する。

どうすれば安く行けるか。

どこなら安く泊まれるか。

何を削れるか。

そうやって考える。

今思えば、それも含めて楽しかった。

お金がないこと自体が楽しかったわけではない。

でも、

限られたお金で、できるだけ遠くへ行こうとする感じ

には独特のワクワクがあった。

夜行バスに乗ると、その感覚が少し戻ってくる。

別に今、新幹線代が払えないわけではない。

それでも、

「夜行バスならこれだけで行ける」

と喜んでいる。

なんだか昔の自分に戻ったみたいで面白い。


必要に迫られた節約ではなく、遊びとしての節約

たぶん今の僕にとって、夜行バスの安さは、

必要に迫られた節約

とは少し違う。

節約そのものが遊びになっている。

「これだけ安く行けた」

「一泊分浮いた」

そんなことを考えるのが楽しい。

新幹線でも行ける。

ホテルにも泊まれる。

でも、あえてやらない。

少し不便な方を選ぶ。

すると旅が少し冒険っぽくなる。

大人になると、お金で不便を消せる場面が増える。

速い移動手段を使う。

駅から遠ければタクシーに乗る。

いいホテルに泊まる。

時間をお金で買う。

快適さをお金で買う。

もちろん、それは素晴らしい。

僕だって必要なら使う。

でも全部の不便を消してしまうと、

旅の途中まで消えてしまうことがある。

夜行バスは、その不便を少し残してくれる。


お金で不便を消さない楽しさ

狭い。

長い。

寝にくい。

朝が早い。

ホテルにもすぐ入れない。

普通なら全部デメリットだ。

お金を払えば、かなりの部分を消せる。

でも、あえて消さない。

すると不思議なことに、その不便が思い出になる。

深夜2時のサービスエリア。

眠れなくて何度も見た時計。

朝方に見えた知らない街。

到着後、店が開いてなくて歩き回った時間。

そのときは、

「しんどいな」

と思っているかもしれない。

でも後から思い出すのは、そういうところだったりする。

新幹線の座席で快適に過ごした二時間半より、

夜行バスで首を痛めながら過ごした八時間の方が、妙に覚えている。

快適さと記憶の濃さは、必ずしも同じではないのかもしれない。


大人になると、時間を短くしようとする

考えてみると、大人になってから、

「時間を無駄にしない」

という言葉をよく聞く。

時短。

効率化。

タイパ。

できるだけ早く。

できるだけ無駄なく。

移動時間も短い方がいい。

待ち時間もない方がいい。

僕たちは、お金を払って時間を短縮する。

それ自体は合理的だ。

人生には限りがある。

無駄に何時間も移動するより、早く着いて現地で過ごした方がいい。

正しい。

でも夜行バスに乗っているときだけは、

その正しさから少し降りられる。

八時間かかる。

いい。

今日はそれでいい。

僕は急いでいない。

明日の朝に着けばいい。

今夜はずっと移動していればいい。

なんだか、この感覚がすごく好きだ。


「まだ着かない」が嬉しい

普通、

「まだ着かない」

は不満の言葉だ。

渋滞。

遅延。

長い移動。

早く着いてくれ。

そう思う。

でも夜行バスでは、

「まだ着かない」

が少し違う。

まだ旅の途中にいられる。

まだ明日になりきっていない。

まだ目的地へ向かっている。

ワクワクしている時間が終わっていない。

目的地に着くのは嬉しい。

でも、着いてしまえば「向かっている時間」は終わる。

旅行が始まる代わりに、移動の旅は終わる。

だから、なかなか着かない夜行バスは、ワクワクを長く引き延ばしてくれる。

無駄に時間がかかる。

だからいい。

こんなこと、普段なら絶対に言わない。

でも夜行バスだけは、それでいい。


目的地より、「向かっている自分」が好きなのかもしれない

僕は旅行が好きだ。

知らない街を歩くのも好きだ。

目的地へ着いたら、もちろん楽しい。

でも夜行バスについて考えていると、

もしかすると僕は、

目的地へ向かっている時間そのものが、かなり好きなのではないか

と思う。

まだ何も始まっていない。

だから何でもできる。

明日、どこへ行こう。

何を食べよう。

何を見よう。

そんなことを考えている。

予定通りになるかは分からない。

でも、まだ始まっていないからこそ、全部が可能性のままだ。

目的地に着く前の時間には、

まだ何も失敗していない旅行

がある。

これもワクワクの正体なのかもしれない。


夜行バスは「途中」にいる乗り物だ

夜行バスは、ずっと途中にいる。

大阪でもない。

東京でもない。

今日でもない。

完全な明日でもない。

起きているような、寝ているような。

日常からは離れたけれど、まだ旅行先には着いていない。

ずっと境目にいる。

この曖昧な時間が好きなのだと思う。

どこにも属していない。

やることもない。

仕事もできない。

掃除もしなくていい。

ブログを書かなくてもいい。

何か生産的なことをしなくてもいい。

だって今、移動中なのだから。

座っていればいい。

寝ていればいい。

外を見ていればいい。

サービスエリアでコーヒーを買ってもいい。

「移動している」というだけで、その時間が成立する。

普段なら「何かしないともったいない」と思うような数時間を、堂々と何もしないで過ごせる。

これも夜行バスの良さなのかもしれない。


新幹線に乗れるようになることが、大人になることだと思っていた

学生のころは、新幹線が少し贅沢に感じた。

夜行バスの方が安い。

だからバスにする。

いつか普通に新幹線に乗れるようになったら、わざわざこんなしんどい移動はしなくなるのだろうと思っていた。

でも、そうでもなかった。

新幹線に乗れるようになった。

それでも夜行バスに乗りたくなる。

むしろ、

新幹線に乗れるようになったあとで選ぶ夜行バスの方が、少し楽しい。

仕方なく選んでいるわけではない。

自分で不便な方を選んでいる。

時間もかかる。

身体もしんどい。

それでも、

「今日はこっちで行こう」

と思う。

大人になることは、ずっと便利な方へ進み続けることではないのかもしれない。

便利さを知ったうえで、ときどき不便な方へ戻る。

それも自由なのだと思う。


旅には、少しくらい無駄があっていい

旅行まで効率化しなくてもいい。

もちろん、時間がない旅行なら新幹線に乗る。

予定が詰まっているなら飛行機を使う。

体調が悪ければ夜行バスなんて選ばない。

快適なホテルにも泊まりたい。

でも、時間に余裕があるなら。

たまには八時間かけてもいい。

夜の街を出て、

高速道路を走って、

途中でサービスエリアに寄って、

何度も目を覚まして、

朝の知らない街へ着く。

その全部を含めて旅だと思えば、

八時間は「無駄な移動時間」ではなくなる。

むしろ、その無駄が欲しくて夜行バスに乗っているのかもしれない。


あのワクワク感はなんなのか

最初の疑問に戻る。

夜行バスに乗る前の、あのワクワク感はなんなのだろう。

夜に出発するから。

みんなが帰る時間に、自分だけ遠くへ向かうから。

深夜の高速道路を走るから。

サービスエリアが妙に楽しいから。

寝ている間に場所が変わるから。

夜と朝をまたぐから。

安いから。

節約して旅している感じがするから。

学生のころを少し思い出すから。

無駄に時間がかかるから。

そして、その長い時間ずっと、

「僕は今、どこかへ向かっている」

と思えるから。

たぶん、どれか一つではない。

全部だ。

全部が混ざって、あの妙なワクワクになる。


明日へ向かっている時間

夜のバスターミナル。

大きなバスが入ってくる。

行き先を見る。

荷物を持つ。

乗り込む。

自分の座席を探す。

飲み物を置く。

スマホを充電する。

しばらくすると、バスが動き出す。

街の光が後ろへ流れていく。

高速道路へ入る。

まだ目的地は遠い。

ものすごく遠い。

これから何時間もかかる。

新幹線なら、もっと早く着く。

お金を払えば、もっと楽に行ける。

別に払えないわけではない。

それでも今日は、これでいい。

むしろ、これがいい。

すぐに着かなくていい。

今夜はゆっくり遠くへ行きたい。

少し節約して、

少し不便で、

少し学生のころみたいな気分になって、

深夜のサービスエリアに降りて、

またバスに戻って、

眠って、

目を覚まして、

知らない朝を見たい。

目的地に着くことだけが旅ではない。

そこへ向かっている時間も、ちゃんと旅なのだ。

いや。

もしかすると僕は、

目的地に着くことより、目的地へ向かっている時間の方が好きなのかもしれない。

今日が終わる時間に出発して、

明日の朝へ向かって走る。

まだここではない場所へ。

まだ始まっていない一日へ。

そう考えると、夜行バスのあのワクワク感の正体が、少しだけ分かる気がする。

僕はたぶん、

「明日へ向かっている時間」が好きなのだ。

だから、夜行バスが好きだ。

まあ。

明日の僕はたぶん、

首が痛い。

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