MENU

会社のトイレが異様に落ち着く。なぜなのか。心理を考察してみた。

当ページのリンクには広告が含まれています。

会社のトイレは、異様に落ち着く。

なぜだろう。

昔から、不思議に思っていた。

もちろん、家のトイレも落ち着く。

個室に入り、扉を閉め、便座に腰を下ろす。

何ともいえない安心感がある。

しかし、会社のトイレは違う。

落ち着き方が、尋常ではないのだ。

個室に入る。

鍵を閉める。

便座に座る。

……。

何だ、この安心感は。

さっきまで仕事をしていたはずなのに、まるで別世界に来たような気分になる。

誰にも話しかけられない。

誰の顔色も伺わなくていい。

何かを頼まれることもない。

ただ、静かに座っていられる。

素晴らしい。

ここは、本当に会社なのだろうか。

もしかすると、僕は知らないうちに異世界へ転移してしまったのかもしれない。

しかし、目の前にはトイレットペーパーがある。

足元には便器がある。

どうやら、異世界ではないらしい。

ただのトイレだ。

それなのに、なぜこんなにも落ち着くのだろう。

会社には休憩室がある。

椅子もある。

場合によっては、ソファや自動販売機だってある。

本来、休憩するために用意された場所なのだから、落ち着くのはそちらのはずだ。

ところが、僕の心はトイレを選ぶ。

しかも、迷いなく。

これは一体、どういうことなのだろう。

今回は、会社のトイレが異様に落ち着く理由について、心理学や環境心理学の考え方を参考にしながら考察してみたい。

目次

なぜ会社のトイレは、あんなにも落ち着くのか

まず、不思議なのは、会社のトイレが特別に快適なわけではないことだ。

別に、高級ホテルのような内装ではない。

豪華なソファが置かれているわけでもない。

好きな音楽が流れているわけでもない。

あるのは、便器とトイレットペーパー。

そして、壁と扉。

基本的には、それだけである。

考えてみれば、実に質素な空間だ。

くつろぐための設備としては、明らかに不十分である。

にもかかわらず、落ち着く。

むしろ、会社のどこよりも落ち着くことさえある。

なぜなのだ。

僕は考えた。

もしかすると、落ち着く理由は設備ではないのかもしれない。

大切なのは、そこに何があるかではなく、そこに何がないか。

つまり、会社のトイレには、仕事中に感じているさまざまな負担が存在しにくいということではないだろうか。

人の視線。

突然の会話。

仕事の依頼。

周囲への気遣い。

そうしたものから、一時的に距離を置ける。

考えてみれば、会社の中で完全に一人になれる場所は、意外と少ない。

事務所には人がいる。

休憩室にも人がいる。

廊下を歩いていても、誰かとすれ違う。

しかし、トイレの個室は違う。

鍵を閉めれば、そこは一人だけの空間になる。

この違いが、想像以上に大きいのかもしれない。

① 他人の視線から解放される心理

まず考えられるのは、他人の視線から解放されることによる安心感だ。

会社にいるとき、僕たちは少なからず周囲の人間を意識している。

仕事をしている姿。

休憩している姿。

誰かと話している姿。

自分では気にしていないつもりでも、どこかで他人の存在を感じている。

例えば、事務所で少し休憩しているとする。

椅子に座り、ぼんやりする。

しかし、近くに誰かがいる。

何となく、落ち着かない。

別に、悪いことをしているわけではない。

それでも、何となく周囲が気になる。

あまり長く座っていたら、どう思われるだろう。

誰かに話しかけられるかもしれない。

そんなことを考えてしまう。

ところが、トイレの個室ではどうだろう。

誰もこちらを見ていない。

何という安心感だ。

環境心理学では、プライバシーを単に一人でいる状態ではなく、他人との関わりを自分で調整できることとして捉える考え方がある。

つまり、重要なのは孤独そのものではない。

今は誰とも関わらない、と自分で選べることなのだ。

これは、会社のトイレの安心感を考えるうえで重要だと思う。

事務所では、誰かが話しかけてくる可能性がある。

休憩室でも、同僚が入ってくるかもしれない。

しかし、トイレの個室なら、基本的には勝手に入ってこられない。

鍵があるからだ。

たった一つの鍵。

それだけで、外の世界との境界が生まれる。

すごい。

僕は今まで、鍵というものの偉大さを十分に理解していなかったのかもしれない。

あの小さな金具をカチャリと動かした瞬間、僕の心まで守られるような気がする。

会社の中で、最も頼りになる存在はトイレの鍵なのかもしれない。

② 仕事中の緊張から解放される心理

次に考えられるのは、緊張からの解放だ。

仕事中、人はさまざまなことを考えている。

次に何をするのか。

今の作業は終わったのか。

何か忘れていないか。

誰かに呼ばれるかもしれない。

もちろん、すべての仕事が常に緊張を伴うわけではない。

しかし、職場にいる以上、ある程度は仕事に意識を向けている。

完全に気を抜いているわけではないのだ。

ところが、トイレに入ると、その意識が一時的に変わる。

扉を閉める。

鍵をかける。

便座に座る。

すると、仕事のことが少し遠くなる。

さっきまで気になっていたことが、急にどうでもよく感じられる。

不思議だ。

ほんの数メートル移動しただけである。

会社から出たわけでもない。

勤務時間が終わったわけでもない。

それなのに、心の状態が変わる。

心理学的に考えるなら、緊張している状態から一時的に解放されたとき、その変化によって安心感が強く感じられる可能性がある。

ここで大切なのは、会社のトイレそのものが特別に快適だとは限らないことだ。

それまでの緊張があるからこそ、解放された瞬間の心地よさが大きくなる。

例えば、長い時間立っていたあとに椅子へ座る。

重い荷物を持ち続けたあとに、床へ下ろす。

暑い屋外から、冷房の効いた室内へ入る。

その瞬間、強い解放感がある。

会社のトイレも、これに近いのかもしれない。

普段から自由に過ごせる家では、そこまで大きな変化は起こらない。

しかし、会社では違う。

仕事をしていた状態から、一人きりの空間へ移動する。

その落差が、異様な安心感を生んでいるのではないだろうか。

③ 狭い空間に安心感を覚える心理

三つ目は、狭い空間そのものが持つ安心感だ。

会社のトイレの個室は、基本的に狭い。

壁に囲まれている。

目の前には扉がある。

広々とした空間ではない。

しかし、不思議と窮屈には感じない。

むしろ、落ち着く。

なぜなのだろう。

環境心理学には、人が周囲を把握しやすく、身を守れるような場所を好む場合があるという考え方がある。

例えば、広い場所でも、背後が壁になっている席を好む人がいる。

周囲を見渡せる一方で、背後からの接近を気にしなくて済むからだ。

ただし、こうした理論がトイレの個室の安心感を直接証明しているわけではない。

あくまで、考察の手がかりである。

それでも、壁に囲まれた小さな空間が安心につながるという説明には、納得できる部分がある。

トイレの個室では、突然、背後に誰かが現れることもない。

少なくとも、普通に考えれば。

もし、便座に座っているときに背後から誰かが現れたら、安心感どころの話ではない。

大事件である。

それはもう、トイレの心理を考察している場合ではない。

しかし、通常はそんなことは起こらない。

だからこそ、安心できる。

考えてみれば、子どもの頃に押し入れや秘密基地のような場所を好んだ人もいるだろう。

狭い場所に入り、自分だけの空間を作る。

そこには、何ともいえない特別感がある。

会社のトイレも、少し似ているのではないだろうか。

ただし、秘密基地と決定的に違うことがある。

トイレには便器がある。

当たり前だ。

何を言っているのだ、僕は。

④ 誰にも話しかけられない安心感

四つ目は、会話から解放されることだ。

会社では、いつ誰に話しかけられるか分からない。

仕事の確認。

ちょっとした相談。

何気ない雑談。

急な依頼。

会話そのものが悪いわけではない。

必要な会話もあるし、楽しい会話もある。

しかし、常に誰かと関わる可能性がある状態は、人によっては負担になる。

一人で静かに過ごしたいときもある。

何も考えたくないときもある。

そんなとき、会社のトイレはありがたい。

基本的に、個室に入っている人へ積極的に話しかける人はいない。

中に誰がいるかも分からない。

何をしているかも分からない。

そもそも、トイレである。

わざわざ会話を始める場所ではない。

これは、実に素晴らしい。

会社の事務所で椅子に座っていたら、誰かが近づいてくるかもしれない。

「ちょっといい?」

そう言われれば、対応しなければならないこともある。

しかし、トイレの個室なら、普通は仕事の相談を始めたりしない。

もちろん、緊急時は別である。

だが、少なくとも日常的な雑談からは距離を置ける。

会社のトイレは、人間関係を一時停止できる場所なのではないだろうか。

誰かを嫌っているわけではない。

人と関わりたくないわけでもない。

ただ、少しだけ一人になりたい。

その願いを、トイレは静かに受け入れてくれる。

何も聞かずに。

何も言わずに。

ただ、そこに存在している。

何という包容力だ。

便器に、こんなことを思う日が来るとは思わなかった。

⑤ 会社での役割から一時的に離れられる

五つ目は、社会的な役割から一時的に離れられることだ。

会社にいるとき、僕たちは従業員という立場にある。

上司がいれば、部下として接する。

同僚がいれば、同僚として振る舞う。

仕事中は、求められる役割を果たそうとする。

言葉遣いにも気を配る。

行動にも気を配る。

周囲との関係を意識する。

しかし、トイレの個室では、その必要が一時的に小さくなる。

誰かに見られているわけではない。

誰かと会話するわけでもない。

仕事上の役割を演じる必要がない。

ただ、一人の人間として存在していられる。

心理学者のアーヴィング・ゴフマンは、社会生活における人間の振る舞いを、舞台での演技になぞらえて考察した。

人は他人の前で、その場に応じた自分を見せる。

一方で、そうした振る舞いから離れられる場所も必要になる。

この考え方を借りるなら、会社の事務所は表舞台に近い。

そして、トイレの個室は、一時的に舞台裏へ下がれる場所なのかもしれない。

もちろん、ゴフマンが会社のトイレを特別な安息の地だと論じたわけではない。

これは、僕なりの当てはめである。

しかし、なかなかしっくりくる。

事務所では従業員。

休憩室でも、同僚。

廊下を歩いていても、会社の人間。

しかし、トイレの個室では違う。

ただの僕だ。

誰かに何かを求められるわけでもない。

評価されるわけでもない。

何かを証明する必要もない。

ただ、便座に座っている男である。

……。

急に、格好悪くなった。

さっきまで、ずいぶん立派なことを考えていたはずなのに。

しかし、これも大切なことなのだろう。

人間は、常に何者かであり続ける必要はない。

ただ、一人で静かに過ごす時間も必要なのだ。

それが、たまたまトイレだった。

⑥ 安心できる場所として学習している可能性

六つ目は、経験によって安心感が強まっている可能性だ。

例えば、会社で少し疲れたとする。

トイレに入る。

一人になる。

気持ちが落ち着く。

そして、また仕事に戻る。

こうした経験を何度も繰り返していると、トイレに入ること自体が安心感と結びつく可能性がある。

心理学では、ある行動の結果として不快な状態が軽減されると、その行動が繰り返されやすくなることがある。

これは、負の強化と呼ばれる学習の仕組みの一つだ。

「負」という言葉が入っているが、悪いことを意味しているわけではない。

不快な刺激や状態が取り除かれることで、行動が強まりやすくなるという意味である。

会社のトイレに当てはめるなら、こう考えられる。

仕事中に緊張する。

トイレに入る。

緊張が和らぐ。

すると、次に緊張したときも、トイレに入りたくなる。

もちろん、会社のトイレで落ち着く人すべてに、この仕組みが働いていると断定することはできない。

しかし、一つの仮説としては考えられる。

つまり、会社のトイレは、何度も安心する経験を重ねることで、ますます落ち着く場所になっているのかもしれない。

なるほど。

僕は知らないうちに、トイレに安心感を学習していたのだろうか。

それなら、あの異様な落ち着きにも説明がつく。

なぜ家のトイレより、会社のトイレの方が落ち着くのか

さて、ここまでいくつかの心理を考えてきた。

しかし、今回の最大の疑問は、まだ残っている。

なぜ、家のトイレより会社のトイレの方が異様に落ち着くのだろう。

家のトイレだって、個室である。

鍵もある。

壁もある。

一人になれる。

条件だけを見れば、会社のトイレとそれほど変わらない。

むしろ、清潔さや使い慣れた環境という意味では、家の方が快適なことも多いだろう。

それなのに、会社のトイレには特別な安心感がある。

ここで、僕は一つの結論に近づいた。

会社のトイレが異様に落ち着くのは、会社のほかの場所では気を張っているからではないだろうか。

家では、基本的に自由である。

好きな場所に座れる。

好きなことができる。

誰かに仕事を頼まれることもない。

一人暮らしなら、なおさらだ。

寝室でも落ち着ける。

リビングでも落ち着ける。

何なら、床に寝転がっていてもいい。

つまり、家には落ち着ける場所がたくさんある。

トイレだけが特別なわけではない。

しかし、会社ではどうだろう。

事務所には仕事がある。

休憩室には人がいる。

廊下には誰かが通る。

どこにいても、会社という環境から完全に離れられるわけではない。

そんな中、トイレの個室だけが、比較的はっきりと外の世界を遮断できる。

だからこそ、安心感が強くなる。

家のトイレが落ち着くのは、もともと安心できる場所の一つだから。

会社のトイレが異様に落ち着くのは、ほかの場所との落差が大きいから。

そう考えると、実に納得できる。

ただし、この結論には少し悲しいものがある。

僕は、会社のトイレを褒めているつもりだった。

しかし、考察を進めるうちに、会社のほかの場所が落ち着かないという話になってしまった。

何ということだ。

トイレの魅力を語ろうとしていたのに、いつの間にか職場環境の問題へたどり着いてしまった。

なぜ休憩室では、同じように落ち着けないのか

ここで、もう一つ考えたい。

会社には、休憩室がある。

本来、休憩するための場所だ。

椅子がある。

机がある。

場合によっては、テレビや自動販売機もある。

トイレよりも、設備は充実している。

それなのに、なぜ休憩室では同じように落ち着けないことがあるのだろう。

理由の一つは、休憩室が必ずしも一人になれる場所ではないからだ。

誰かがいる。

会話が聞こえる。

人が出入りする。

場合によっては、仕事の話が始まることもある。

もちろん、休憩室で楽しく過ごせる人もいる。

同僚との会話が気分転換になる人もいるだろう。

それは、それで素晴らしいことだ。

しかし、僕が求めているのは、必ずしも会話ではない。

静けさである。

一人になれる時間である。

誰にも気を遣わずに過ごせる空間である。

その点、トイレの個室は非常に優秀だ。

誰かと向かい合って座る必要もない。

会話に参加する必要もない。

沈黙を気まずく感じる必要もない。

そもそも、会話をすることが前提になっていない。

ここが大きい。

休憩室で誰かと二人きりになったとする。

何も話さない。

沈黙が続く。

別に悪いことではない。

しかし、人によっては何となく気まずく感じるだろう。

何か話した方がいいのだろうか。

相手は退屈していないだろうか。

そんなことを考えてしまう。

ところが、トイレの個室ではどうだろう。

沈黙していても、誰も気にしない。

むしろ、静かにしているのが普通である。

会社のトイレは、沈黙することを誰にも説明しなくていい場所なのだ。

これは、思っている以上に大きな魅力なのかもしれない。

会社のトイレに長居してしまう人の心理

会社のトイレが落ち着く理由を考えていると、もう一つの疑問が浮かんでくる。

なぜ、トイレに長居してしまう人がいるのだろう。

もちろん、体調が悪い場合もある。

用を足すのに時間がかかる場合もある。

そうした事情は、外からは分からない。

だから、長く入っている人を一方的に批判することはできない。

しかし、用を足す以外の理由で長居したくなる心理は、考察できる。

まず考えられるのは、先ほど述べた安心感だ。

誰にも見られない。

誰にも話しかけられない。

仕事から一時的に距離を置ける。

そうした環境が心地よくて、つい長くいたくなる。

そして、もう一つ。

一度落ち着いてしまうと、外へ出たくなくなるのではないだろうか。

個室の外には、仕事がある。

人間関係がある。

さまざまな用事がある。

しかし、個室の中は静かだ。

もう少しだけ。

あと一分だけ。

そんな気持ちになることもあるのかもしれない。

ただ、ここで忘れてはいけないことがある。

トイレは共有設備だ。

ほかにも使いたい人がいる。

特に個室の数が少ない職場では、長時間占有することで困る人が出てくる。

だから、トイレで落ち着くことと、トイレに長居することは分けて考える必要がある。

落ち着く気持ちは分かる。

非常によく分かる。

しかし、だからといって、トイレを自分専用の部屋にしていいわけではない。

それは、さすがに困る。

僕だって、トイレを使いたいときがある。

いや、当然だ。

トイレなのだから。

会社のトイレが落ち着くのは、悪いことなのか

では、会社のトイレが落ち着くこと自体は、悪いことなのだろうか。

僕は、そうは思わない。

人間には、一人になりたい時間がある。

周囲から離れたいときもある。

静かな場所で気持ちを整えたいときもある。

そうした感覚は、特別なものではないだろう。

ただし、少し考えておきたいこともある。

もし、会社の中でトイレ以外に安心できる場所がまったくないのなら、それは職場環境について考えるきっかけになるかもしれない。

休憩室で休めない。

常に誰かの視線が気になる。

一人になる時間がない。

そんな状況が続いているなら、トイレだけに安らぎを求めるのではなく、休憩の取り方や環境を見直すことも大切だと思う。

例えば、休憩時間に静かな場所で過ごす。

一人になれる場所を探す。

必要なら、職場に休憩環境について相談する。

トイレ以外にも、気持ちを落ち着けられる場所があれば、それに越したことはない。

もっとも、会社のトイレが落ち着くからといって、必ずしも職場に問題があるわけではない。

単純に、一人きりの個室が好きな人もいるだろう。

僕も、そういう部分があるのかもしれない。

だから、何でもかんでも職場環境のせいにするつもりはない。

ただ、一つだけ言えることがある。

会社のトイレが異様に落ち着くという感覚には、それなりの理由があるのだろう。

少なくとも、僕はそう思っている。

おわりに|もう、ここで仕事をしよう

今回、会社のトイレが異様に落ち着く理由について考えてみた。

心理学や環境心理学の考え方を参考にすると、その安心感には、いくつもの要因が関係している可能性がある。

特に、僕が納得したのは、緊張からの解放と、他人との関わりを一時的に遮断できることだ。

家では、もともと自由に過ごせる。

しかし、会社ではそうはいかない。

だからこそ、トイレの個室に入った瞬間、強い安心感を覚えるのかもしれない。

なるほど。

ようやく分かった気がする。

会社のトイレは、落ち着く。

異様に落ち着く。

誰にも見られない。

誰にも話しかけられない。

一人で静かに過ごせる。

実に素晴らしい環境だ。

僕は、ふと考えた。

待てよ。

こんなにも落ち着く場所があるのなら、わざわざ別の場所で仕事をする必要があるのだろうか。

集中できる。

静かである。

人間関係に気を遣う必要もない。

何という理想的な環境だ。

もちろん、実際にはトイレは共有設備であり、仕事場として占有する場所ではない。

そんなことは分かっている。

しかし、僕の頭の中では、すでに結論が出ていた。

もう、ここで仕事をしよう。

そうしよう。

コンコン。

……。

「入ってます」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次