僕は職場の人間をよく観察している。
それはもう、四六時中だ。
誰が何をしているのか。
誰が真面目に働いているのか。
誰が仕事をしているふりをしているのか。
誰が頻繁に姿を消すのか。
誰が上司の前でだけ張り切っているのか。
僕は見ている。
すべてを見ている。
なぜ、そこまで人間を観察しているのか。
理由は簡単だ。
人間という生き物が面白いからである。
同じ職場で、同じような仕事をしていても、人によって行動はまったく違う。
真面目に働く人もいれば、適当に働く人もいる。
一生懸命な人もいれば、一生懸命なふりをしている人もいる。
そして、当然ながらサボる人もいる。
僕は特殊だ。
普通の人間なら、仕事中は自分の仕事に集中するのだろう。
しかし、僕は違う。
自分の仕事だけでなく、周囲の人間の行動まで把握しようとしている。
なんという観察力。
なんという探究心。
もはや職場の生態調査員である。
……。
いや、お前が仕事しろ。
そんな声が聞こえてきそうだ。
しかし、今は僕の話ではない。
サボりマンの話だ。
長年、人間観察を続けてきた僕は、ある事実に気づいてしまった。
職場には、二種類のサボりマンがいる。
それは、バレるサボりマンと、バレないサボりマンだ。
しかも、この二種類には決定的な違いがある。
単純に運がいいとか、上司の目を盗むのが上手いとか、そういう話ではない。
もっと根本的な違いがあるのだ。
僕は思う。
サボるのが上手い人間は、優秀で頭がいい。
もちろん、サボることを推奨しているわけではない。
仕事を放置して周囲に迷惑をかけるのは問題だ。
しかし、サボるのが上手い人間の行動を分析してみると、仕事のできる人間に共通する能力がいくつも見えてくる。
今回は、僕が長年の観察によって導き出した、バレるサボりマンとバレないサボりマンの違いについて考えてみたい。
なお、僕の観察がどこまで正確なのかについては、保証できない。
なにしろ、僕も仕事中なのだから。
バレるサボりマンは、なぜ何度もバレるのか。
まずは、バレるサボりマンについて考えてみよう。
どこの職場にも、一人くらいいないだろうか。
頻繁に姿を消す人間。
仕事が終わっていないのに、なぜか休憩している人間。
上司に何度も注意されている人間。
「お前、またサボってたやろ!」
そんな言葉を何度も浴びせられている。
僕は不思議で仕方がない。
なぜ、そんなにバレるのだろう。
一度ならわかる。
たまたま上司が通りかかったのかもしれない。
運が悪かったのかもしれない。
しかし、二度、三度、四度。
何度も見つかっている。
もはや偶然ではない。
お前、サボる才能がなさすぎるだろう。
しかも、注意されても同じことを繰り返す。
昨日も怒られていた。
今日も怒られている。
おそらく明日も怒られるのだろう。
一週間後も、一か月後も。
そのうち、上司の方が疲れてしまうのではないだろうか。
「またお前か」
もはや挨拶である。
ここまでくると、僕は少し心配になる。
学習能力はどこへ行ったのだ。
もちろん、仕事をサボる事情は人それぞれだ。
疲労がたまっている人もいるだろうし、仕事に対する意欲を失っている人もいるだろう。
ただ、今回僕が注目したいのは、サボる理由ではない。
なぜ、同じようにサボっていても、バレる人間とバレない人間がいるのか。
ここで、もう一方のサボりマンが登場する。
バレないサボりマンだ。
この人間は、実に興味深い。
普段は仕事ができる。
周囲からの評価も悪くない。
上司からも信頼されている。
仕事の進み具合にも問題がない。
しかし、僕は知っている。
こいつもサボっている。
そう。
僕の目はごまかせない。
僕はサボりマンを見抜くプロなのだ。
ところが、この人間は怒られない。
上司に注意されることもない。
周囲から悪口を言われることも少ない。
むしろ、仕事のできる人間として評価されている。
おかしい。
同じサボりマンなのに、なぜここまで待遇が違うのだろう。
僕は考えた。
そして、ある結論にたどり着いた。
バレないサボりマンは、サボること以外の能力が高いのだ。
① 普段から優秀で、周囲の信頼が厚い。
まず、最も大きな違いは信頼だと思う。
バレないサボりマンは、普段の仕事ができる。
任された仕事をきちんとこなす。
期限を守る。
必要なときには動く。
問題が起きれば対応する。
だから、周囲から信頼されている。
これが非常に大きい。
例えば、二人の社員がいたとしよう。
一人は、普段から仕事が遅く、何度も注意されている社員。
もう一人は、仕事が早く、上司から信頼されている社員。
ある日、この二人がそれぞれ持ち場を離れていた。
上司はどう思うだろうか。
普段から注意されている社員なら、
「あいつ、またサボってるんじゃないか?」
そう疑われるかもしれない。
一方、仕事のできる社員なら、
「あいつ、何か別の仕事をしているのかな」
そう思われる可能性がある。
同じように姿が見えないだけなのに、周囲の受け取り方がまったく違う。
人間は、目の前の行動だけでなく、普段の印象によって相手を判断している。
これは、仕事以外でも同じだと思う。
普段から時間を守る人間が遅刻したら、何か事情があったのだろうと思われる。
しかし、毎日のように遅刻している人間が遅れてきたら、また寝坊したのかと思われる。
普段から真面目な人間が失敗すれば、珍しいこともあるものだと思われる。
しかし、失敗ばかりしている人間が同じことをすれば、またかと思われる。
結局、日頃の行動が、その人間に対する評価を作っているのだ。
バレないサボりマンは、この信頼を持っている。
いわば、信用の貯金だ。
普段から仕事を頑張り、信用を積み重ねている。
その結果、少しくらい行動が見えなくても、すぐには疑われない。
一方、バレるサボりマンは、信用の貯金がない。
それどころか、借金を抱えている場合すらある。
昨日もサボった。
今日もサボった。
明日もサボるかもしれない。
上司は常に警戒している。
こうなると、もはや何をしていても疑われる。
少しトイレに行っただけで、
「あいつ、またサボってるんちゃうか」
そんな目で見られる。
……。
もはや普通にトイレにも行けない。
もちろん、実際にトイレへ行くことまで疑うのは行き過ぎだ。
しかし、一度失った信頼を取り戻すのは難しい。
バレないサボりマンは、そのことを理解しているのかもしれない。
いや、本人はそこまで考えていない可能性もある。
ただ、結果として、普段の仕事ぶりが自分を守っている。
サボっていない時間に、サボっても疑われにくい人間になっているのだ。
なんという準備のよさ。
仕事を頑張る理由が、まさかサボるためだったとしたら。
それはそれで、恐ろしい話である。
② 必要な仕事を先に終わらせている。
次に大きいのが、仕事の進み具合だ。
バレるサボりマンは、仕事が残っていてもサボることがある。
まだ終わっていない。
やらなければならないことがある。
周囲も忙しく働いている。
しかし、本人は休んでいる。
当然ながら、問題が発生する。
仕事が進まない。
誰かが代わりに対応する。
上司が状況を確認する。
「あれ? あいつの仕事、全然終わってないやん」
そして、本人を探す。
いない。
どこにもいない。
ようやく見つけたと思ったら、のんびりしている。
……。
そらバレるわ。
むしろ、どうしてバレないと思ったのだろう。
一方、バレないサボりマンは違う。
必要な仕事を先に終わらせていることが多い。
やるべきことをやる。
任された仕事を片づける。
周囲に迷惑がかからない状態にする。
そのうえで、余裕が生まれる。
だから、少し手を止めても仕事の進行に影響が出にくい。
ここで面白いのは、サボるために仕事を早く終わらせている可能性があるということだ。
普通なら、仕事を早く終わらせる理由は、効率よく働きたいからだろう。
しかし、サボりマンの場合は違うのかもしれない。
早く終わらせたい。
なぜなら、休みたいからだ。
仕事を頑張る。
なぜなら、サボりたいからだ。
……。
なんという矛盾した労働意欲。
しかし、考えてみれば、これは立派な能力でもある。
限られた時間で仕事を終わらせる。
無駄な作業を減らす。
優先順位を考える。
効率的に動く。
これらは、仕事のできる人間に求められる能力だ。
その能力を、休む時間を確保するために使っている。
目的はともかく、仕事の進め方としては合理的である。
ただし、仕事を終わらせたからといって、勤務時間中に勝手に休んでいいとは限らない。
職場には、それぞれのルールがある。
そこは別の問題だ。
重要なのは、仕事を放置している人間と、仕事を終わらせている人間では、周囲に与える影響が違うということ。
バレるサボりマンは、仕事を残してサボる。
バレないサボりマンは、サボる前に仕事を終わらせる。
この違いは大きい。
そして、ここでも僕は思う。
そんなに仕事を早く終わらせられるなら、もっと別のことに能力を使えないのだろうか。
いや、本人にとっては、休むことこそが最大の目的なのかもしれない。
人間とは、実に不思議な生き物である。
③ 周囲を観察し、タイミングを見計らっている。
僕が特に注目しているのが、観察力だ。
バレないサボりマンは、周囲の状況をよく見ている。
今、職場は忙しいのか。
仕事は順調に進んでいるのか。
誰かが困っていないか。
急な対応が必要になっていないか。
そうした状況を把握している。
だから、行動のタイミングが違う。
一方、バレるサボりマンは、自分の都合だけで動いてしまうことがある。
疲れた。
面倒くさい。
休みたい。
だから休む。
実に単純だ。
気持ちはわかる。
僕だって休みたい。
できることなら、ずっと休んでいたい。
しかし、仕事にはタイミングというものがある。
例えば、職場全体が忙しくなっているとき。
誰もが慌ただしく動いている。
仕事が次々と発生する。
そんな状況で、一人だけ姿を消したらどうなるだろう。
当然、目立つ。
「あいつ、どこ行った?」
「あれ? さっきまでおったのに」
「誰か見てない?」
捜索が始まる。
まるで行方不明者である。
しかも、見つかった本人は、なぜ探されていたのかわかっていない。
……。
お前が仕事を放置したからや。
一方、バレないサボりマンは、仕事の流れを把握している。
忙しいときには動く。
必要なときには働く。
状況が落ち着いているときには、余裕が生まれる。
この切り替えが上手い。
そして、周囲の人間の性格まで理解している場合がある。
誰が細かいことを気にするのか。
誰が仕事の成果を重視するのか。
誰が周囲の行動をよく見ているのか。
職場には、さまざまな人間がいる。
その違いを把握している。
これは、単なるサボりの技術というより、人間観察の能力ではないだろうか。
相手の性格を理解する。
状況を読む。
先の展開を予測する。
仕事でも、人間関係でも役立つ能力だ。
それを、サボるために使っている。
……。
実にもったいない才能である。
しかし、ここで僕は気づいてしまった。
周囲の人間を観察すること。
行動の特徴を分析すること。
相手の心理を考えること。
これらは、僕が普段からやっていることではないか。
つまり、僕にも才能があるのかもしれない。
バレないサボりマンになる才能が。
いや、待て。
僕はサボるために人間観察をしているわけではない。
純粋な知的好奇心だ。
職場の人間という、実に興味深い研究対象を観察しているだけである。
……。
だから、お前は仕事をしろ。
また聞こえてきた。
不思議な声である。
④ バレたときのことまで想定している。
ここも、非常に重要だと思う。
バレるサボりマンは、見つかった瞬間に慌てる。
例えば、何もせずにぼんやりしていたところへ、突然上司が現れる。
「お前、何してんねん?」
「えっ?」
「仕事は?」
「あっ、いや、その……」
言葉が出てこない。
目が泳ぐ。
突然、意味もなく立ち上がる。
何かを探すふりをする。
しかし、何を探しているのか本人にもわかっていない。
……。
もう答え合わせが終わっている。
なぜ、そこまで慌てるのだろう。
おそらく、見つかった場合のことを考えていなかったのだ。
今この瞬間、休むことしか考えていない。
その先の展開を想像していない。
一方、バレないサボりマンは、万が一の事態まで想定している可能性がある。
自分が今、何をしているのか。
周囲からどう見えるのか。
仕事の進み具合に問題はないか。
誰かに声をかけられたら、状況を説明できるか。
そうしたことまで考えている。
中には、仕事に関係しているように見える行動で、サボりをカムフラージュしている人間もいるのかもしれない。
もちろん、実際には仕事をしていないのに、仕事をしていたと偽るのは別の問題だ。
ただ、ここで注目したいのは、目の前のことだけでなく、その先まで想像しているという点である。
リスクを予測する。
起こり得る問題を考える。
事前に備える。
これは、仕事でも重要な能力ではないだろうか。
例えば、何か新しい業務を始めるとき。
失敗したらどうするのか。
予定どおりに進まなかったらどうするのか。
問題が起きたら、どのように対応するのか。
優秀な人間ほど、そうした可能性を考えていることが多い。
そして、バレないサボりマンも同じような思考をしているのかもしれない。
サボる前から、サボり終わったあとのことまで考えている。
なんという危機管理能力。
なんという計画性。
なんという準備のよさ。
……。
その能力を仕事に使え。
僕はそう言いたくなる。
いや、普段の仕事でも使っているからこそ、優秀なのかもしれない。
そう考えると、ますます興味深い。
サボるのが上手い人間は、仕事ができないからサボっているのではない。
仕事ができる能力を、サボることにも応用している可能性があるのだ。
⑤ サボり方にメリハリがある。
バレるサボりマンには、もう一つ特徴がある。
それは、仕事と休憩の切り替えが曖昧になっていることだ。
一度休み始めると、なかなか戻ってこない。
同じ場所に長時間いる。
仕事が始まっても、なかなか動かない。
そして、気づけば誰かに探されている。
もちろん、長時間その場にいること自体が悪いわけではない。
業務上の待機が必要な仕事もある。
体調が悪くて休んでいる場合もある。
しかし、やるべき仕事を放置したまま、いつまでも戻らないのであれば問題だ。
一方、バレないサボりマンは、仕事と休憩の切り替えが上手いことがある。
働くときは働く。
必要な仕事には集中する。
何かあれば対応する。
そして、余裕ができたときに手を止める。
このメリハリがある。
つまり、ずっとサボっているわけではない。
むしろ、仕事をしているときの集中力は高いのかもしれない。
僕は思う。
サボるのが上手い人間は、サボる時間を作るのも上手いのではないか。
例えば、同じ作業をするにしても、無駄な動きを減らす。
必要なことを先に片づける。
段取りを考える。
結果として、時間に余裕が生まれる。
これは、仕事の効率化そのものだ。
ただ、ここで一つ疑問が生まれる。
仕事を早く終わらせて、余った時間に休むことは、本当にサボりなのだろうか。
そもそも、仕事中にサボること自体は悪いことなのか。
この問題については、以前、別の記事で詳しく考えた。
気になる方は、そちらも読んでいただきたい。
【関連記事:仕事中にサボることについて考えた記事へのリンク】
今回は、サボることの善悪ではなく、なぜバレる人間とバレない人間がいるのかという話だ。
そして、その違いを考えれば考えるほど、僕は不思議に思う。
バレないサボりマンは、サボることに対して、あまりにも真剣なのではないか。
仕事を効率化する。
周囲を観察する。
状況を判断する。
危機管理をする。
普段から信頼を積み重ねる。
ここまで考えているとしたら、もはや一つのプロジェクトである。
しかも、目的はサボることだ。
普通の人間なら、もっと大きな目標に向かって使いそうな能力を、休むために使っている。
僕は少し感動してしまった。
人間は、休みたいという欲望によって、ここまで能力を発揮できるのか。
なんという可能性。
なんという向上心。
努力の方向性だけが、完全におかしい。
⑥ 余計なことを言わない。
最後に、もう一つ。
バレないサボりマンは、余計なことを言わない傾向もあるのではないだろうか。
世の中には、自分がどれだけサボっているのかを、わざわざ人に話す人間がいる。
「今日、全然仕事してへんわ」
「昨日、めっちゃサボった」
「俺なんか、ほとんど何もしてへんで」
……。
なぜ自白するのだ。
僕には理解できない。
誰にも聞かれていないのに、自分から話している。
しかも、なぜか誇らしげだ。
まるで武勇伝のように語っている。
確かに、本人にとっては面白い話なのかもしれない。
しかし、その話を聞いた人間はどう思うだろう。
「こいつ、普段から仕事してないんやな」
そういう印象を持つ可能性がある。
そして、次にその人間の姿が見えなくなったとき。
「あいつ、またサボってるんちゃうか」
そう疑われる。
つまり、自分の言葉によって、自分の信用を下げているのだ。
一方、バレないサボりマンは、わざわざ自慢しない。
少なくとも、誰にでも話して回るようなことはしないだろう。
必要以上に目立たない。
余計な発言をしない。
普段どおりに仕事をする。
こうした振る舞いも、周囲からの印象に影響する。
もちろん、口数が少ない人間がサボっているという意味ではない。
大切なのは、自分の行動が周囲にどう受け取られるのかを理解しているかどうかだ。
仕事ができる人間は、言葉の使い方も上手いことがある。
何を話すべきか。
何を話さない方がいいのか。
誰に、どのように伝えるのか。
そうした判断ができる。
これも、サボるのが上手い人間に共通する能力なのかもしれない。
しかし、僕は思う。
自分からサボりを自慢する人間も、それはそれで面白い。
なにしろ、僕の観察対象としては最高だからだ。
こちらが何も聞かなくても、情報を提供してくれる。
実にありがたい。
できれば、これからも積極的に話していただきたい。
僕の研究が進む。
……。
だから、お前は仕事をしろ。
またしても、不思議な声が聞こえた。
バレないサボりマンは、本当にバレていないのか。
さて、ここまでバレないサボりマンの特徴について考えてきた。
しかし、僕には一つ、どうしても気になることがある。
それは、本当にバレていないのだろうかという疑問だ。
本人は、誰にも気づかれていないと思っているかもしれない。
完璧に隠れている。
上司も気づいていない。
同僚も気づいていない。
そう信じている。
しかし、実際には違う可能性がある。
周囲は、気づいているのかもしれない。
「あいつ、ちょっと休んでるな」
「まあ、仕事は終わってるしな」
「普段はちゃんとやってるから、別にいいか」
そんなふうに思われている可能性がある。
つまり、バレないのではなく、バレているけれど、あえて注意されていない。
これは、まったく違う話だ。
例えば、普段から仕事をきちんとこなしている人間が、少し手を止めていたとする。
上司は気づいている。
しかし、仕事に問題はない。
周囲への影響もない。
だから、あえて何も言わない。
一方、普段から仕事を放置している人間が同じことをしていたらどうだろう。
「あいつ、また何もしてへん!」
すぐに注意されるかもしれない。
つまり、同じ行動でも、周囲の対応が違うのだ。
これは、なかなか興味深い。
バレないサボりマンの最大の武器は、隠れる技術ではなく、見逃してもらえるだけの信頼なのかもしれない。
本人は、完璧に隠れているつもりだ。
誰にも見つかっていない。
自分はサボる天才だ。
そう思っている。
しかし、周囲の人間は気づいている。
ただ、何も言わないだけ。
……。
お前の隠密行動、全然隠密できてないぞ。
僕はそう言いたくなる。
もちろん、すべての職場がそうだとは限らない。
仕事を終わらせていても、無断で持ち場を離れることが問題になる職場はある。
安全管理や人員配置の都合で、見逃せない場合もあるだろう。
ただ、人間関係において、普段の信頼が周囲の反応を変えることは十分に考えられる。
そして、ここでも結局、最初の話に戻ってくる。
普段から優秀であること。
必要な仕事をこなしていること。
周囲に迷惑をかけないこと。
これらが、その人間に対する評価を作っている。
バレないサボりマンは、バレないように行動しているだけではない。
バレても大きな問題になりにくい人間になっている可能性があるのだ。
そう考えると、サボるのが上手い人間は、単純に頭がいいというより、職場での立ち回りが上手いのかもしれない。
バレるサボりマンと、バレないサボりマンの決定的な違い。
ここまでの考察を整理してみよう。
| バレるサボりマン | バレないサボりマン |
|---|---|
| 仕事が残っていてもサボる | 必要な仕事を先に終わらせる |
| 周囲の状況を見ていない | 周囲の状況を把握している |
| 仕事の進み具合が悪い | 仕事の進み具合に問題がない |
| 思いつきでサボる | タイミングを見計らう |
| 見つかってから慌てる | 見つかった場合まで想定している |
| 同じ場所で長時間サボる | 仕事と休憩の切り替えがある |
| 普段から疑われている | 普段から信頼されている |
| サボったことを自慢する | 余計なことを言わない |
| 周囲に負担をかける | 周囲への影響を考えている |
こうして並べてみると、面白いことがわかる。
バレないサボりマンの特徴は、そのまま仕事のできる人間の特徴にも当てはまるのだ。
仕事が早い。
段取りがいい。
周囲を見ている。
先を読んでいる。
信頼されている。
状況に応じて行動できる。
これらは、どれも仕事をするうえで重要な能力だ。
つまり、サボるのが上手い人間は、サボること以外も上手い可能性がある。
もちろん、サボりが上手いからといって、必ずしも仕事ができるとは限らない。
単に周囲が気づいていないだけの人間もいるだろう。
偶然、注意されていないだけの人間もいるだろう。
しかし、少なくとも僕が観察してきた人間の中には、仕事の能力とサボりの上手さが結びついているように見える人がいる。
そして、もう一つ。
バレるサボりマンとバレないサボりマンには、決定的な違いがある。
それは、自分の行動が周囲にどのような影響を与えるのかを考えているかどうかだ。
仕事を放置すれば、誰かが困る。
忙しいときに姿を消せば、誰かが探す。
普段から信用を失っていれば、些細な行動でも疑われる。
そうしたことを理解している人間と、理解していない人間。
この違いは大きい。
結局、仕事とは一人でするものではない。
どれだけ自分の仕事が終わっていても、周囲との関係は続いている。
だからこそ、仕事の能力だけでなく、人間関係や信頼も重要になる。
サボりマンを観察していたはずなのに、気づけば仕事論になってしまった。
なんということだ。
僕はただ、サボっている人間を観察していただけなのに。
まさか、ここまで深い考察にたどり着くとは。
自分の才能が恐ろしい。
よし。僕もサボるぞ。
さて。
僕はここまで、バレるサボりマンとバレないサボりマンの違いについて考えてきた。
長年の人間観察。
徹底した行動分析。
鋭い洞察力。
その結果、僕はついに答えを導き出した。
サボるのが上手い人間は、普段から信頼を積み重ねている。
必要な仕事をきちんと終わらせている。
周囲の状況を把握している。
タイミングを見計らっている。
万が一、見つかったときのことまで想定している。
そして、仕事と休憩の切り替えが上手い。
完璧だ。
もはや、僕に死角はない。
僕はサボりマンを見抜くプロである。
そして今、サボるために必要な知識も手に入れた。
理論は完成した。
あとは実践するだけだ。
僕は静かに周囲を見渡した。
なるほど。
そういうことか。
すべて理解した。
僕は小さくうなずいた。
よし。
サボるぞ。
僕は仕事の手を止めた。
その瞬間だった。
「おい! 何サボってんねん!」
……。
速攻でバレた。
